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文字サイズ小でうまく表示されると思います 「それにしてもあの姉妹、朝比奈さんにそっくりでしたね」 古泉がそう話し始めたのは、俺達が塔の階段を黙々と上るのに飽きてきた所だった。 「本当、3人並んでたら本気で誰が誰なのかわからなかったもの」 「私もびっくりでした~」 他の世界にはそんなに戻ってみたいと思わないが、あの姉妹が居る白虎の世界にだけは定期的に通ってもいいな。 週1くらいで。 そういえば、シャルルさんの奥さん。つまりジャンヌさんとミレイユさんのお母さんは、やっぱり朝比奈さんにそっくりなんだろうか? 2人ともシャルルさんとは似ていなかったから可能性は高いな。 俺が朝比奈さんの後姿を見ながらそんな事を考えて居た時、先頭を歩いていたハルヒが急に階段で足を止めた。 ハルヒの後ろを歩いていた朝比奈さんが背中にぶつかって止まるとハルヒは振り向き、 「貴女、本当にみくるちゃん?」 朝比奈さんの両肩を押さえて、まじまじと顔を眺めはじめた。 「え? も、も、もちろんです」 驚いた朝比奈さんは壊れたおもちゃのようにこくこくと肯くが、 「またこっそり入れ替わってたりしないわよね?」 ハルヒの表情から疑いが取れない。 いや、これは疑ってるんじゃなくていじりたいだけだな……。 視線が朝比奈さんの脅えた顔から男性には見つめる事も許されない朝比奈さんの胸へと降りていき、 「本物のみくるちゃんには胸に七つの傷があるはずよ?」 「そんなのないです!」 ハルヒは嬉しそうに朝比奈さんの服に手をかけだしやがった。 古泉……はダメか、いつも通り傍観を決め込んでやがる。 長門? 長門はそれ以前に興味がないようだ。 目の前で閉まってしまった自動ドアがまた開くのを待つかのようにじっと階段で足を止めている。 仕方なく残された唯一の常識人である俺はハルヒを止めるべく腕を掴み、 それを言うなら星型のほくろだろ? 不覚にも突っ込んでしまったわけだ。 バッテリーが切れたMP3プレーヤーの様に前触れも無く、ハルヒの動きが停止する。 「……キョン、なんであんたがそんな事を知ってるの?」 しまった! ハルヒの声は、冷静な振りをしているような、突っ込み所を見つけて嬉しいような、とにかくむかついているような、どんな罰を 言い渡そうか迷って楽しいようなどれにも当たらないようなそんな声だった。 「みくるちゃん、それって本当なのかな~?」 笑顔で聞いているが、その背後には何色なのかよくわからないオーラが立ち上っているのが俺には見える。 「え、あああのその」 今度は無言でハルヒの手が動き、胸元を隠すように閉じていた朝比奈さんの服を強引に開いた。 「ひっ」 あっさりと力に負けて服のボタンが飛んでいく。 ああ、どうでもいいがその服って俺のなんだけどな。 直後に朝比奈さんの豊かな胸元に顔を突っ込んだハルヒが、すぐに顔を出して俺の襟を強引に掴み上げ 「いったい、いつ! どこで! 誰が! 何を! どうしたのか説明しなさい! 詳しく!」 塔中に響きわたる大声でがなりはじめた……。 ああ、ちなみに俺は完全に襟を閉められていて尚且つ宙吊りな為、喋るどころか肺は生命活動を活動するために必要不可欠な 酸素を求めて喘いでいる。 酸素が得られないって事は声帯を震わせて声を出す事も出来ないわけで、このまま弁明もできないまま俺は死ぬんだろうか? 等と考えはじめるのも無理もない事なんだろう。 古泉、朝比奈さんフォルダを頼む。誰にも見られないように処分してくれ。 「あ、あのあの」 ただ事ではない雰囲気に朝比奈さんが止めようとしてくれているが、 「みくるちゃんは黙ってて。さあ! きりきり吐きなさぁい!」 襟を掴んだまま俺を振り回すハルヒがそれを聞き入れる訳はなかった。 ……そうだ、俺はまだ死ねない! ゲーセンから送られたはずの朝比奈さんコスプレ写真を見るまで、俺は死ねないんだ! 喉を締め付けるハルヒの馬鹿力に文字通り必死の抵抗をしていると、 「おやおや、ずいぶん賑やかですね」 のんきな声が階段の上から聞こえてきた。 だ、誰だ?誰でもいい!助けてください! 「貴方は」 そこに居たのは例の案内係さんだった。 案内係さんの声にハルヒが力を緩める、そのまま階段に落下した俺は久しぶりに味わう酸素を心行くまで味わった。 助かった……それにしてもあっさり手を離したな……。 見上げてみると、ハルヒは何故か警戒した表情で案内係さんを見つめていた。 「みなさんの噂は聞いていますよ。玄武、青龍に続いて白虎の支配から世界を救ってくれたようですね、塔の住人としてお礼を 言わせてもらいます。ありがとうございました」 深々と頭を下げる案内係さんだが、 「別にあんたの為にやった事じゃないからいいわ。それより支配ってなに?」 ハルヒの返答は冷たかった。 「少々長い話になりますが、かまいませんか?」 「かまわない」 案内係さんは俺達を階段の上へと促しながら、 「では、また歩きながらお話しましょう」 と言って階段を上り始めた。 「既にご存知だと思いますが、この塔は色んな世界と繋がっています。塔の1階と通じている大陸世界、最初に私が皆さんと お会いしたのはここでしたね。次は塔の5階と通じているのは海洋世界です。塔10階は空中世界と通じています、ちなみに 現在地は15階になります」 いつの間にかそんなに高い所にきてたのか……。 「支配の話が全然出てこないんだけど」 案内係さんは困った顔をしている。 「もう少しだけお待ちください。かつてこの塔はクリスタルを持たなくても誰もが自由に行き来する事ができました。ある日の事です、 それぞれの世界にある日突然強大な力を持つ四天王と呼ばれる存在が現れました」 「以前、貴方から聞いたお話にあった玄武、青龍、白虎、朱雀ですね」 古泉の言葉に、案内係さんは肯く。 「その通りです。彼らが現れてしばらくすると、それまで自由だった塔の出入りが何故かできなくなりました。玄武は、人間の王が 持つ武具にクリスタルの秘密を隠して影から世界を支配していたようです。青龍はクリスタルを二つの玉に分け、一つは自分で持ち 海底で緩やかに力を蓄えていました。白虎は順調に支配を強めていき他の世界をも支配しようと画策していたようですが、 レジスタンスによってクリスタルを隠されてしまい……後は皆さんのほうがお詳しいでしょうね」 ゲームがはじまってそろそろ2時間くらい過ぎた所だが、色んな事をやってきたもんだな……。 塔は階段と通路の組み合わせでできているから足はそんなにきつくないが、この塔は何階まであるんだろう? 「朱雀は?」 ハルヒが当たり前のように聞いてくる。 「そこまで知ってるなら朱雀の事も知ってるんでしょう?」 案内係さんは嫌な顔一つせず、というか嬉しそうに教えてくれた。 「朱雀は四天王で一番強いその力と、何者にも傷つける事ができないという体を使って自分の世界を滅ぼそうとしているようです」 自分の世界を滅ぼすんですか? 俺は念の為聞き返してみた。 「そうです」 「そんな事をして何になるんでしょう……?」 朝比奈さんの疑問はよくわかる、ここまでのボスとは正反対の行動だもんな。 「さあ、残念ながらそこまでは……。滅ぼした後の事を考えているのかどうかもわかりません」 おいおい、そんな危ない奴なのかよ? そこまで言った所で案内係さんは足を止めた。 「おや、いつのまにか到着したようですね。お待たせしましたあの扉の先が都市世界へと通じています。気をつけてください、朱雀 にはどんな攻撃も通じません。逃げるのが一番です」 案内されるまま扉の前まで来た俺達だが、先頭に立つハルヒは扉に手をかけようとしなかった。 「あんたの話が本当なら、クリスタルがないと出入りできないはずの世界の事をなんで貴方が知っているの?」 問い詰めるようなハルヒの言葉にも、案内係さんの笑顔は崩れなかった。 「鋭いですね」 武器こそ構えないものの、ハルヒは油断無く案内係さんを睨んでいる。 「……あんた何者?」 「私は貴方達の味方です、それは間違いありません。ファンと言ってもいいでしょう」 案内係さんは都市世界への扉とは別の扉を指差した。そこには赤い紋章が描かれている。 「あの扉の先、この塔の最上階である23階には阿修羅と呼ばれるボスが居ます。四天王は彼によって生み出されました」 長門の言ってる5番目の世界ってのはその事なんだろうか? 「そいつが全ての元凶って言いたいの?」 「そうです、私はかつて塔が自由に出入りできた頃からこの塔に住んでいるんです。今日までずっと、阿修羅を倒してくれる存在が 現れるのを信じて情報を集めてきました」 「そうだったんですか」 古泉はこの説明で納得したらしく肯いているが、ハルヒの顔はまだ信用できないと言っていた。 「ですが朱雀を倒し、赤のクリスタルを手に入れなければあの扉の封印は解けず、阿修羅に挑む事もできません」 ハルヒ、なんでお前がこの人をそこまで怪しむのか俺にはわからん。お前の好きそうな不思議な人じゃないか? そのまま案内係さんの言葉に何も答えないまま、ハルヒは都市世界への扉を開いた。 ここは……。 「驚きましたね」 俺達が扉を開くとそこは、厚い雲が空を覆い薄暗く、破壊尽くされたビルが立ち並ぶ荒野。 それでも僅かに残ったアスファルトの残骸は、それがかつて都市の一部であった事を示している。 あちこちに見える看板の文字や道路交通標識、そのどれもが俺達が日常で見てきた物と同じだ。ただ、その殆どが原型を止めて おらず壊れていたり焼け焦げたり溶けてしまったりしている。 古泉……ここって日本、だよな。 「後ろを見るとさらに驚きますよ」 その言葉に後ろを振り返ると――嘘だろ? そこにあったのはいつもの石壁造りの塔の外壁ではなく、鉄筋で作られた電波塔。 誰もが知っているであろう赤い建造物。 東京タワーだった。 俺は東京に住んでいるわけじゃないが、流石にこれは見間違えないだろう。 中央部から上は灰色の厚い雲に覆われていて見ることは出来ず、何度となく高温にさらされたのか全体的に歪んでしまっている。 もしかして……俺達は第2次世界大戦の時代にタイムスリップしてしまったとかなのか? 「キョ、キョン君?」 あ! すみません! もしかしてハルヒの前で時間移動とかの話は厳禁でしたか? 「……あんた本当にバカね」 あきれた顔でハルヒがわざとらしくため息をつく。 何がだ。 テストの点ではまるっきり勝てんが、常識なら負ける気がしないぞ。 不戦勝でもいいくらいだ。 「東京タワーは戦後の建築物よ、だからここが日本だとしても戦後ね。タワーを作るときに戦車から金属を取ったりしてるの 有名でしょ?」 そんな雑学を俺が知るわけないだろ。 「こんな風に町が溶けるなんて……もの凄い熱なんでしょうね」 「空襲があったといった感じにも見えませんし、想像もつきません。いったいこの都市に何が起きたんでしょうか」 でもまあ地面があるだけいいさ、少なくともこの世界は溺れたり落下したりはなさそうだ。 それにしても見える範囲には廃墟しかないな……。 それぞれに周りに何か無いか見回していると、長門の視線が俺の顔に固定されているのに気づいた。 長門、どうかしたのか? 「危険」 珍しく長門が即答した。 ……って事は本気でやばいって事か? 何が危険なんだ?逃げた方がいいのか? 俺の問いに答えるように長門は遠くの廃墟を指差す。 つられてその方向を見ると、廃墟と雲の隙間に小さな赤い光が見えている。 「夕陽、でしょうか?」 「それにしては小さいし、形も丸くないわね」 焚き火とか何かの合図とかだろうか? あれがどうかしたのか? 「朱雀」 淡々と長門は呟いた。 あまりに淡々としているのでそれが重要な事だと理解するのに時間がかかったくらいだ。 朱雀ってあれか? さっきの話にあった、四天王で一番強いとか何者にも傷つける事のできない体を持ってるって奴だろ? 赤い光は見る間に大きくなり、あっという間にそれが巨大な鳥の姿だという事がわかる。 おいおい、あんなもん戦える相手じゃないぞ? 「す、涼宮さん塔の中に戻りませんか?」 朝比奈さんのアイデアに賛成だ。少なくとも東京タワーに入ってしまえば朱雀も追ってこれないだろう、多分。 「だめよ!塔に戻ったら、あいつがタワーの前に居る限りこの世界に戻れなくなるじゃない!」 朱雀もそこまで暇じゃないだろう。 焼け死ぬよりはましだろうが! このままここに居るなんて言い出すなよ? 「こっちよ!」 誰の声だ? その声は、東京タワーから少し離れた場所にある廃墟から聞こえてきた。 遠くて顔はよくわからないが、廃墟の瓦礫の間にある地下鉄の階段から顔を出して手を振っている。 「朱雀が来る前に、早くこっちへ!」 そう言って、階段を降りていってしまった。 「今の、罠だと思う?」 わからん、でも行くしかないだろ。 朱雀の姿はもう羽ばたく動きが見えるほどになっていた、迷っている余裕は無い。 「そうね。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うし……。みんな!あの階段へ走って!」 虎子なんぞ手に入れても嬉しくも無い、ペットにでもするのか? ペットにするなら部屋で飼えよ? 間違っても玄関先につないだり 部室に連れてきたりするな。 そんなどうでもいい事を考えながら俺は必死に走った。 全力疾走の勢いのままに、薄暗い地下鉄の階段を駆け下りると、 「きゃー!」 休む間もなく、今度は女の子の悲鳴が聞こえてきた。 あ~も~ちょっとは休ませてくれよ! 「今の声、どっちから聞こえた?」 地下鉄の構内に人気は無く、所々に残された照明が僅かに施設内を照らしていた。 見える範囲に人影は無く、悲鳴が途絶えた今は俺達の荒い息の音だけが響いている。 「反響していたのでどちらとも言えません」 「た、多分こっちだったと思います」 と言って朝比奈さんは通路の右側を指差したが、 無言のまま長門は反対方向を指差していた。 「困りましたね」 古泉はどちらか選ぶ気は無いようだ。 どうする? 別れて行動したほうがいいのか? 「あ、あの。長門さんがそう言うんでしたら、私のは勘違いだと思います」 自信なさげに朝比奈さんが指を下げるが……どうしよう? rア 1 朝比奈さんの言う方へ行こう 2 長門の言う方へ行こう なんて選択肢が出てきそうな場面だな。 ん~……どっちに 「古泉君はみくるちゃんとそっちへ! 私と有希とキョンはこっちに!」 考えるまでもなかった。 薄暗い構内を走っていくと 「居た!」 巨大な芋虫が糸を吐いて、壁に人の形をした繭を作成中だった。 さっき悲鳴をあげた人はこの繭の中に居るのか? 「有希、戻って二人を呼んできて!」 ハルヒの声にうなずき、走ってきた速度を緩めないままにUターンして長門は戻っていった。 今の動きが物理的におかしいとかそんな突っ込みはおいといて、武器の無い俺は戦力外なんだから戻るなら俺だろ? とは一応、男として言いにくい。 俺達を無視したまま、芋虫は繭の作成に余念がないようだ。 「芋虫か……私、芋虫にいい思い出ってないのよね」 ……芋虫にいい思い出がある人なんて居ないだろ。 そうか。 他にコメントのしようもない。 「おやゆび姫に出てくる芋虫も、あんまり役に立たなかったじゃない」 別に芋虫はおやゆび姫の為に生まれてきたんじゃないと思うぞ。 そこで同意を求められても困る、それよりあの繭って中に人が閉じ込められてるんじゃないのか? 助けるなら早いほうが いいんじゃないか? お前が助けないなら俺がやるから、剣を貸してくれ。 「あ、あれってやっぱり人が入ってるのね?そんな気はしてたのよ」 剣を抜いてハルヒが繭に近寄ると、芋虫は威嚇するように体を起こして身構えてきた。 芋虫は口から白い糸を垂らしながらこちらに迫ってくる。 接近戦はしたくない相手だな……そう思って見ていた俺なのだが、芋虫は急に態勢を変えて俺に向かって勢いよく糸を吐き出し やがった! ハルヒの方が前に立っていたので油断していた俺は、まともにその糸を浴びてしまった。 とっさに目を閉じたものの俺はそのまま倒れてしまい、油火災用粉末消火器を振りかけられた炎のように、俺はそのまま 真っ白に覆われていく。 糸は安物のガムテープ並の不快な粘着力があり、動けば動くほどに体の自由が奪われてしまった。 仕様なのか呼吸はなんとかできている。餌を殺さないまま保存する為なんだろうか? ついに指一本動かせなくなり、雨のように降り続き少しずつ重みを増す糸の中に居ると、 「キョン聞こえるー?……芋虫は追い払ったからちょっと待ってなさい、あっちの繭から先に助けるから」 ハルヒのそんな声が聞こえてきた。 わかった、早く頼むぞ? 「意外に面倒ね……これ、ああもう!くっつくな!」 おいおい……大丈夫か? 「キョン、あんた生きてるわよね?」 生きてるよ、声は出せないけどな。 「まあ、あんたはしぶといから平気よね。飛行機から飛び降りても怪我しなかったんだから」 それとこれとは違わないか? 「……ねえ、聞こえてるかわかんないけどさ」 なんだよ、と言いたい所だが下手に喋ると口の中に糸が入りそうで試す気になれない。 「あの時、もしも捕まってたのがさ。みくるちゃんじゃなくて、あたしや有希だったら……あんたは飛行機から飛び降りたりしたのかな」 ……どうだろうな、そうなってみなきゃわかんねえよ。 「なんか私、変な事言ってるわね」 その後もハルヒは何か言っていた気がするんだが、繭の中は暖かく俺はいつの間にか眠ってしまっていた。 意外に神経が太いんだな、俺。 誰かが俺を優しく揺さぶっている。 もしかして朝比奈さんですか? 俺がそっとまぶたを開けると、 「お前か」 残念ながらそこに居たのはにやけずらの古泉だった。 「ご無事で何よりです」 期待していた分だけ失望は大きかった。朝比奈さんかと思ったら古泉ってパターンはそろそろ止めにして頂きたい。 俺の体にはそこら中に糸の残骸がくっついていた、試しに引っ張ってみるとセーターにくっついたガムのように手ごわい。 せめてと思い手のひらや顔についた糸を取ろうとしてみたが、時間の無駄みたいだな。 そういえばここには古泉しか居ない。 他のみんなはどうしたんだ? 「芋虫が援軍を呼んできたのでみんなで退治して、今はこの先の様子を見に行っています」 壁にあった繭もすでに残骸になっている、どうやら助かったらしいな。 「あ、起きたのね」 通路の先から全身糸だらけのハルヒが戻ってきた。 なんだ、お前も繭にされちまったのか。 「違うわよバカ、あんたじゃあるまいし」 じゃあなんで糸まみれなんだよ。 「涼宮さんは、キョン君を繭から助ける為に糸だらけになってしまったんですよ?」 朝比奈さんの言葉に続いて何故かハルヒが、 「下っ端とはいえ団員のピンチなんだから団長として当然でしょ?」 と慌てて叫んでいた。 俺は何も言ってないぞ。 それで、そっちの繭の人は助けられたのか? 「うん、戦闘に巻き込まれたら危ないから先に逃げてもらったわ。でね?その子がこの先の4番出口の先にある廃墟に町が あるからそこに来てって言ってたのよ」 そうか、じゃあとりあえずはそこに行ってみるしかないな。 「町って言うんだからシャワーとかあるわよね? あーもーこの糸を早くなんとかしないといらいらして仕方ないわ!」 4番出口の階段を上ると、そこは東京タワーの周りと同じ廃墟だった。 よく見ると、廃墟の一角に人が生活しているらしい光が見える。 「おそらく、朱雀から逃げた人達が集まって暮らしているんでしょうね」 そんな感じだな。 地下にあんな芋虫がいるんじゃ安心して寝てられないからな。 寝ていてそのまま芋虫の餌にされたらたまったもんじゃない。 「朱雀に見つからない内に急ぎましょう」 溶けた後冷えて固まり鋭利に尖ったアスファルトに気をつけながら、俺達は廃墟へと走っていった。 ――廃墟の一角、アーケード街だったのであろう商店街には所々に露天があり賑わっている。 露天に並んでいるのは武器やよくわからない薬、保存食等が殆どだ。 「避難所、というよりもこの環境に適応した町みたいですね」 まるで近未来物の映画みたいだな。 「あ、あれってバイクじゃない?」 ハルヒが見つけたのは、酒場らしき建物の前に置かれた流線型の大型バイクだった。 何台かバイクが並んでいるのだが、ハルヒが目をつけたそのバイクは他のよりも一回り大きく値段も高そうに見える。 モーターショーでも見たことがないようなデザインで、マフラーらしき物も見あたらなかった。 「確か昔の漫画かアニメ映画で、これによく似たバイクを見た事がある気がします」 月から地球に降りるってあれか? 灰色の。 なんかカップラーメンがどうとか。 「あ、それとは違ったような気が。僕が見たのは赤かった気がします」 眺めて見ているだけの俺達を置いて、 「キーが付いてないわね」 ハルヒは当たり前の様にバイクに跨ったり、計器をいじりだしたりしやがった。 おいハルヒ勝手に触るな。見つかったら怒られるぞ? こんなでかいバイク倒したら一人じゃ起こせないだろ? 「ん~……でもこれいいなぁ……欲しい。中に持ち主が居るのかしら?」 聞いてねえよ。 「こ~んにち~わ~!」 ご機嫌でドアを開けたハルヒを迎えたのは割れんばかりの拍手な訳は無く、当然の如く奇異の視線だった。 糸まみれの知らない女がいきなりご機嫌で酒場に乱入してきたんだ、いけない薬をやってると思われても無理は無い。 ハルヒについて酒場に入った俺達を見て、怪しい連中というよりも理解できないといった感じの受けたようだ。 酒場には大勢のライダースーツに身を包んだ男が休んでいる。 意外にもアルコールの匂いはなく、保存食の様な物をみんなで食べている最中だったらしい。 「なんだあんた……」 デジャブか? 俺はこんな展開を以前何処かで……ああ、コンプ研からPCを強奪した時だ。 一番入口に近い席に座っていた男が、そうしないといけないと思ったのだろうハルヒに話しかけてしまった。 無視してるのが一番だったんだが……今更言っても遅いか。 「表のバイク、誰の?まさかあんたの?」 「何言ってんだお前」 入口に居た人とは別の気が短そうな男が立ち上がって詰め寄ってくる、そいつはハルヒよりも頭二つ分は背が高いのだが、 ハルヒに怯む様子はない。 「かっこいいじゃないの、あれ。ちょうだい」 当たり前のように手を出すと、 「ふざけんな!」 と言ってその手をはたこうとしたのだが、ハルヒはすっと手を引っ込めてしまった。 ごもっともです。 男はハルヒに掴みかかろうと近寄ってくる、間違いなくどこまでも確実にこっちが悪いんだ常識がある奴が止めてやらないとな。 俺がハルヒとその男の間に入った途端、 「やめとけ!」 大きな声が俺達の動きを止めた。 声の主はゆっくりと店の奥から現れた。 でかい、身長は190cm程だろうか。 無駄な筋肉が無いかのような均整の取れた体つき、浅黒く日焼けした顔に赤い鉢巻を締めたその男はハルヒを面白そうな顔で 見つめている。 「お前等の敵う相手じゃねえ!」 回りの男達は大人しく引き下がっていく、この人はリーダーみたいなもんなんだろうか? 「あんた誰?」 「俺か? 俺はこいつらをまとめてるもんだ。総長って奴だな」 総長は改めてハルヒを見て、 「で、お嬢ちゃんの名前は?」 と、聞いてきた。 あ~あ、聞いちまったよ……。関わり合いにならなければよかったのに。 「SOS団団長、涼宮ハルヒ」 俺達には見慣れた姿。足を肩幅に開き、胸をそらして大声でハルヒは名乗りをあげた。 「ハルヒちゃんか……あんたそうとう腕が立つな。俺とタイマンの勝負だ!」 は? あんたいきなり何を言い出すん 「あたしが勝ったら表のあのバイク、ちょうだい?」 止める間もなく、あっさりハルヒは挑戦を受けやがった。 お前等2人揃って何を言ってるんだ? タイマン? いつの時代の言葉だよ……。 まあ、お前が負けるとは思ってないが危ないとか考えないのか? 「ああ、いいぜ。その代わり俺が勝ったらあんたにやってもらいたい事がある。事情があって今はどんな事かは話せないが…… それでもいいか?」 いくらなんでも、何をやらされるかわからないなんて条件を飲める訳ないだろ? 「いいわよ、じゃあ始めましょう? 何で勝負する? 素手でも剣でも好きなの選んでいいわよ?」 飲みやがった。 古泉は驚いた表情のまま、長門は無表情なままで固まっている。 「す、涼宮さん?!」 朝比奈さんが驚いてハルヒの前に出てきたが、 「いいのいいの、だいじょーぶだいじょーぶ」 ハルヒは気にしていないようだった。 「男なら素手で勝負だ! と、いいたいがあんたは女だからな。あんたが得意な方を選んでいいぜ」 これ以上話が進んだら本当にまずい、なんで止めるのはいつも俺の役目なんだよ! バカな事は止めろ! 「バカな事は止めて!」 ……ん? 今、誰か俺と同じ事を言わなかったか? 声が聞こえてきた酒場の奥を覗くと、何故か総長も同じように店の奥を睨んでいた。 「うるさい! お前は黙ってろ!」 「そうよ! バイクが手に入りそうなんだから黙ってて!」 ああもう! いいかげんにしろお前ら! 「あれ、もしかして貴女さっきの芋虫の……」 ハルヒが奥から出てきた女の子を見て声をあげる。 Tシャツにジーンズというラフな服装で、頭をバスタオルで拭きながら出てきたのは、どうやら芋虫からハルヒが助けた女の子 だったみたいだな。 「なんだ……知り合いか?」 総長も勢いを削がれてしまったようだ。 「あーこれって偶然って言うの? 兄さん、実は……」 「……というわけなのよ」 ハルヒの説明はやはり言葉の割合が足りないようで、 「すまん、はっきり言おう。さっぱりわからん」 総長は頭を押さえて困った顔をしていた。 やっぱりそうだよなぁ……。 俺達が偶然助けた女の子は総長の妹さんだったらしく、俺達は手のひらを返したかのように歓迎されていた。 シャワーを借してもらい、食事まで出てきてハルヒはご機嫌だったのだが、 「なんで今のでわからないのよ!」 途端に不機嫌になっていた。 「さやか、お前今のでわかったか?」 ああ、そうそう。妹さんはさやかさんという。 俺達よりもちょっと年下くらいの可愛い女の子だ。 可愛らしーいポニーテールを揺らして、今は総長とお揃いのライダースーツに身を包んでいる。 「えっと……涼宮さん達は朱雀を倒して、クリスタルを手に入れる為にこの世界に来た……って事であってますか?」 それだけわかってもらえれば十分ですよ。 「はい、その通りです」 途中にあったむかついたボスとか、朝比奈さんのそっくりさんとか、変な謎解きとか、浮き島とか、俺が無茶をしたとか、その辺は 綺麗に忘れてもらっていいです。 「そ、そうか……ともかくだ、あんた達も朱雀と戦わなきゃならんのか」 こちらに向かって飛んでくる巨大な火の鳥の姿を思い浮かべるが……無理だろ、あれは。 今までの四天王みたいにただでかいだけじゃない、全身が炎に包まれているんだ。 長門の盾でもあれは防げないだろう、盾が無事でも俺が焼け死ぬ自信がある。 「ですが、あんな火の鳥を相手に戦う方法なんてあるのでしょうか?」 お前が閉鎖空間の中みたいに全力で戦えれば可能性はあるかもしれないがな。 よっぽど凄い兵器とかでもないと……。 「朱雀には近づけないだけでなくどんな攻撃をも防ぐ強力なバリアがある、重火器くらいじゃなんともならねえ」 総長はそう言いながらも諦めたような口調ではなかった。 「何か手はあるの?」 「はい。朱雀のバリアを中和してしまう装置を作ってるんです!」 おお! なんだか凄そうだな! 「それって完成までどのくらいかかるの?」 「後2つ3つの部品で完成するんだが……」 総長の顔が曇る。 「見つからないの?」 視界の端で、長門が6つ目のサンドイッチに手を伸ばした。 「いや、アキバと呼ばれていたところにならあるだろう。だがここから遠いし探すのにも時間がかかる。何より外には朱雀がいて 危険だ」 「アキバね、わかったわ」 お~い、危険だって言葉は聞こえてたか? アキバって秋葉原だよな、あそこにそんな物があるんだろうか……。 「俺達は朱雀から逃げている人を探して避難所まで誘導したり、郵便や救援物資を配りながら部品を探してたんだ」 見た目は怖いがいい人達だったんだな。 「みなさんは公務員なんですか?」 朝比奈さんの質問に総長さんは飲んでいたコーヒーを噴出す。 「まさか、見ての通りの不良健康優良な暴走族だよ」 酒場の中に居るのは確かに総長の言う通り、悪そうで健康そうな連中だ。 もしかして、朝比奈さんの時代では公務員は私服なんだろうか? 「朱雀が怖くて街のみんなは逃げ回ってて、最初はそんな連中を守るために朱雀を引き付けたりしてたんだ。その内に人数が 増えて出来る事も多くなってな。今じゃボランティアみたいな扱いさ」 「凄いじゃないですか!」 感激して朝比奈さんが声をあげる。 もし、俺達の現実世界がこんな状況になったら……。 ハルヒならこの総長さんみたいな事を始めるだろうな。間違いなく。 「でもな、人が生きるには希望がいるんだ。朱雀っていう絶望がある限り普通の人間はなかなか立ち上がれない。そんな時、政府の 建物で対朱雀用の装置を見つけたんだ。未完成だったけどな」 「それが朱雀のバリアを中和するってやつね」 「はい、朱雀には通常の攻撃手段が効かない事もそこでわかりました」 コーヒーのおかわりを配りながらさやかさんが付け足す。 その表情には複雑な苦悩が浮かんでいた。 普通の手段では朱雀を倒せない事がわかるまでに、どれだけの人が朱雀に挑んでいったんだろうな……。 「だから腕が立つ人が現れるのを待っていた。そういう事ですね」 「そうだ。だが遠出をすればどうしても朱雀に見つかる可能性が高い。秘密兵器の整備を出来るのは俺だけだし、かといってこの中 じゃもう俺くらいしか遠出はできなかったんだが……あんた達なら任せても大丈夫みたいだな」 総長は懐から一本のキーを取り出した。 「それってもしかして!」 総長が投げたキーをハルヒは空中で掴んだ。 「ああ、俺のバイクだ。好きに使ってくれ」 「いやったー!」 そういえばハルヒ、お前バイクに乗れるのか? 「お仲間さんの分もバイクを準備しよう、何台要る?」 「キョン、あんた二輪の免許持ってる?」 おいおい、俺がいつも何で移動してるか知ってるだろ?自転車か徒歩か謎の黒タクシーか公共交通機関だ。 そんなもんねえよ。お前も無免だろうが。 「あたしはいいのよ、乗れるんだから」 無茶な理屈だな。 「ギアのないモーター式の電動バイクだから操作は簡単だ。それに今は対向車も何も走ってないから自転車が乗れれば 運転できるさ。朱雀から逃げるにはバイクがなきゃ話にならねえ」 結局、ハルヒは総長のバイクに乗り、後ろには朝比奈さんがタンデムで。 後は古泉と俺が一台ずつバイクを借りる事になった。 バイクは普通の2輪なのにバランサーとやらのおかげで倒れる事はないらしい。 なるほど、これなら俺でもいけそうだな。 「有希はどっちのバイクの後ろに乗るの?」 長門はじっと俺のほうを見ているが、そのまま何も言わなかった。 これはどんな意思表示なんだろう? 俺のほうに乗りたいのかそれとも古泉の方に乗りたいと伝えたいのか……。 なあ長門、どっちにしろ言葉にしようぜ? 俺のバイクに乗るか? 仕方なく俺が聞いてみると、長門は小さくうなずいた。 もしも聞いたのが俺ではなく、古泉だったとしたらどんなリアクションがあったんだろう? 「東京タワーの北にある図書館なら、目的の部品がある場所がわかるはずです。図書館のサーバーならデータが残っている はずなので、この紙に書いてあるロムを検索してください」 さやかさんからメモを受け取ったハルヒは、さっそくそれを長門に渡した。 やはりパソコン関係は苦手らしい。 「わかったわ、その後はどこにいけばいいの?」 「北東にあるアメ横でロムに合うICボードを探してくれ、商店街の外れにいかがわしい店がある。そこなら扱っているはずだ。 その二つが揃ったら一度ここに戻ってくれ。それまでには装置の調整を終わらせておく」 ハルヒに挑戦的な笑みが浮かぶ。 「すぐに持ってきてあげるから急いでやりなさい? みんな! いくわよ!」 「了解です」 へいへい。 俺達がエンジンをかけるとバイクは浮力を得て、地面から30cm程浮き上がった。 総長の話だとタイヤは急旋回や急制動の時意外は使わないらしい、しかしどんな原理で動いてるんだ? 前の世界のグライダー といい、このバイクといい、現実の世界よりも科学力が進んでいるみたいだな。 「す、涼宮さん。安全運転でお願いします……」 朝比奈さん、そこからは見えないでしょうがハルヒの今の目の輝きを見る限りそれは期待しないほうがいいと思いますよ。 「いっけー!」 急加速で発進したハルヒを追いかけて、俺と古泉も酒場を後にした。 ――ハルヒの後ろを走っていると時々水滴が飛んでくる事があるのだが、多分それは朝比奈さんの涙なのだろう。 荒れ果てた荒野を3台のバイクが疾走する。 俺達のバイクが立てる軽い電子音と風の音がするだけで、街は不気味なほど静まりかえっていた。 ところで先頭を突っ走るハルヒは、目的地に向かっているのだろうか? 海洋世界の時みたいに迷子にならなければいいが。 どこまでも続く廃墟は、俺には全部同じに見える。今のところ、朱雀の姿は見えない。 長門、聞こえるか? 試しに小さな声で話しかけてみると、 「何?」 すぐに返事が返ってきた。 いや……そのなんだか、元気がないみたいだが。 今度は返事が返ってこなかった。 長門? 不安になってミラーを傾けてみると、長門はいつもの無表情で俺の背中にもたれていた。 もしかして体調が悪いのか? 長門、きつかったら総長さんの所で休んでてもいいんだぞ? 今なら戻るのにも時間がかからないし、部品探しにどれだけかかるかわからないからな。 長門の返答を待っていると、俺の体を掴んでいる長門の手に少しだけ力がこもった。 そのまま無言の時間が続く。 ……ん~……なるほどな。 大丈夫なんだな? ミラーの中で長門が小さくうなずく。 本当にきつくなったらすぐに教えろよ? 再び長門がうなずく。 できれば口頭で教えてくれよ? 三度長門がうなずいたのを見て、俺はため息をつきながらも自分の表情が和らぐのを感じた。 多分、長門の体調はそんなに良くないんだろう。 それなのについて来たがる理由に、俺は心当たりがある。 「東京タワーまで戻ってきましたね」 地下鉄の構内を通っただけだったので俺にはわからなかったが、ハルヒの先導は正確だったようだ。 前方に見える赤いタワーは、間違いなく東京タワーだろう。 「……居るわ、朱雀よ!」 ハルヒの言葉に目を凝らすと、東京タワーの入口付近に赤い炎の塊のような物が見える。 ……本当にタワーの前で居座ってやがったのか……。 俺達が近づくのに気づいたのか、それは羽ばたいて灰色の大空に舞い上がった。 ハルヒがスピードを落として3台のバイクが並走する。 朝比奈さんはハルヒにしがみつき、泣きはらした顔は背中に押し付けられていた。 「ここで一旦別れましょう、探し物だから有希が適任よね。キョンは有希を連れてこのまま図書館へ。私と古泉君は朱雀を 引き付けるわよ!」 図書館はタワーの北だったな、目立つ建物だろうからここまでくればなんとかなるだろう。 わかった、そっちは大丈夫なのか? 「ご心配なく。総長さんの話によると朱雀は建物や地下には追ってこないそうです、危険だと感じたら地下鉄へ逃げることに しましょう」 そうか、それならなんとかなりそうだな。 「じゃあ行くわよ!」 嬉しそうにハルヒがグリップを握りスピードを上げる。 「ひぃえええええええ!」 朝比奈さんの悲鳴をBGMにして、ハルヒのバイクは朱雀の前を挑発するように横切り廃墟の隙間へと消えていった。 さっそく朱雀がハルヒを追いかけるように飛び立っていく。 「では僕も向かいます。情報が手に入ったらここに戻ってきてください。ここに僕らが居なければ総長の街で落ち合いましょう」 ああ、ハルヒにもそう伝えてくれ。 風に負けないように大声で叫ぶ。 ウインク一つ残して、古泉のバイクも朱雀の前方に回りこむように加速していった。 ここか……。 図書館は屋根が半分ほど崩れてしまっていたが、なんとか倒壊せずに残っていた。 入口の扉は開いたままで、人の居る気配はない。 朱雀が来た時の為にこのままバイクから降りずに図書館に入ろう。 なだらかな車椅子用の通路を走り、そのままゆっくりと図書館の中へと進んでいった。 建物にはもう電気が来ていないようだったが、屋根が崩れて機能していないおかげでそれなりに遠くまで見渡す事ができる。 とは言っても本を調べるのなら何か明かりが欲しい所だな。 バイクを止めて降りてみると、図書館には何も音を立てる物が無く俺達の動く音だけが静かに響いていた。 長門、さっきの紙には何が書いてあったんだ? 「対朱雀対処装置のOSシステム制御用多層式ロムの形式番号」 聞いた俺がバカだったよ。 ……すまん、俺にはさっぱりなんだが……探せそうか? 長門は一人図書館の受付へと歩いて行った。 俺もそれについて行くと、長門は受付のPCや端末を操作して何やらやっている。 しばらくスイッチやパネルを操作していたが、どうやら駄目らしい。 「非常電源も無反応。電源の確保が必要」 電源か……発電機か何かあればいいのか? 公共施設だし、非常用の発電機はあるかもしれない。 小さくうなずいて、長門は 「電圧は問わない」 とだけ付け加えた。 長門には受付で待つように言い残し、俺は図書館の中を歩きはじめた。 何か本でも読んでいてくれ。そう言った俺に、受付に座った長門は無表情なまま手を振って応えていた。 授乳室、車椅子用のトイレ、視覚障害者用のブース等、流石東京の図書館だけあって色んな設備が揃っている。 施設案内を見つけた俺はさっそく非常用設備について調べてみたが、残念ながらそれらしい物は無かった。 おかしいな、ありそうなんだけど……。 それっぽい場所を探していると、地震でもあったのかたまたま電気が切れた時に開いていたのかエレベーターが開いたまま 止まっていた。 試しに中に入ってみると……お! これはもしかして? 非常用のBOXがパネルの下に設置されていた! ロックを解除してさっそくBOXを開いてみると……。 すまん長門、こんなもんしか見つからなかった。 BOXの中にあったのは乾パンと非常用トイレ、ミネラルウォーターに非常用電灯だけだった。 非常用電灯と言っても乾電池で動くラジオ付き懐中電灯に過ぎない、さすがにこれでは電源にはならないだろう……。 ん? 退屈そうに椅子に座っている長門の視線は乾パンに釘付けになっているようだ。 食べるか? 言っておくが殆ど味は無いぞ。 乾パンを差し出して見ると、意外にも長門はそれを受け取りさっそく食べ始めた。 念の為、乾パンを食べた事が無い人に説明しておこう。 あれは本当に味が無い。 以前、防災訓練で消費期限ぎりぎりの乾パンを食べさせられたがあれは酷かったぞ。果物味のジャムみたいなものが一緒に 入っていればそれなりに食べられるそうなのだが、ここの非常食にはそれは付いていなかった。 しかし長門は一定の速度で、もそもそと乾パンを食べ続けていく。 もしかして、乾パンも慣れたら美味しいってのは本当なのか? 俺は一口食べてみて、すぐに後悔した。 ……お腹空いてたのか? 食べながらうなずく。 水、要るか? 食べながらうなずく。 ミネラルウォーターをあけて渡してやると、一口飲んでテーブルに戻した。 もそもそと乾パンを食べ続ける長門を見ていても、いいアイデアは浮かびそうにない。 ん~……ハルヒ達も呼んで回りを廃墟を探すしかないか。 ……まてよ。確かこのバイクは……。 長門、総長はこのバイクをなんだって言ってた? 「ギアのないモーター式の電動バイク」 やっぱりそうだ! じゃあ、これってバッテリー代わりにならないか? 長門はしばらく硬直した後、小さくうなずいた。 調べてみると、バイクのバッテリーは元々非常用電源として使えるようになっていた。 家庭用の電源でも充電できるようになっていて、放電機能や今回のような非常電源としての使用も想定内らしい。 いけそうか? 無言のままタイピングを続ける長門が、モニターに視線を固定したままうなずく。 ここでの出番が終わった俺は、そんな長門をバイクの上に座って眺めていた。 今の長門の手伝いが出来る人間等、地上のどこを探しても見つからないだろう。 人気が無く静かな建物に絶え間なく長門のタイピングの音と、バイクの静かなモーター音が響いている。 黙っていれば眠気を誘うようなシチュエーションなのだが、俺は長門の行動について思考を巡らせて見た。 ……でもまあ、言わなくてもいい事だよな……。 辿り着いた結論を俺はそのまま心に留めておこうとしたのだが、何故か自然に口は開いていた。 本当、何故なのかわからない。 長門、これは独り言みたいなもんだから聞き流していいんだが……。 俺の言葉に長門は手を休めないまま律儀にうなずいてみせる。 以前、俺がハルヒと変な世界に閉じ込められただろ? 今度は長門の反応がない。 まあ聞き流してくれって言ったのは俺だ、続けよう。 あの時、お前からヒントをもらったチャットでさ。お前、「また、図書館に」って打ったの覚えてるか? 音声を編集したかのようにミスもなく連続していたタイプ音に、僅かな不協和音が混じる。 それまでがあまりにも正確すぎたせいで、その音は俺にもはっきりと聞き取る事ができた。 もしかして俺の推理は正解って事か? 本当は今、結構きついんじゃないのか? 今度はタイプ音に乱れも無く、無反応。 雪山の時、情報連結がどうとかでお前きつそうにしてたもんな。 今度も無反応。 普段より食欲旺盛なのは、雪山の時みたいにならないようにエネルギーを確保してるのか? 無反応。 どうしても、俺と―― 唐突にタイプ音が止まる。 俺と図書館に来たかったのか? そう聞くつもりだった。 お前には何度となく助けてもらってるんだ、俺としては図書館なんていくらでも付き合ってやってもいい。 しかしながら統合思念何とかの指示でもなければこいつは回りに干渉しようとしない、故にハルヒの監視を最優先してきた 万能元文芸部員の苦手な事は「頼みごと」である。 それが俺の推論だ。 時間を凍結させたり物理法則を無視できたりするのに、人に頼れない……まあ長門らしいといえば長門らしいな。 俺の言葉は止まり、今はモーターの音だけが響く図書館の中で長門は静かに立ち上がった。 「目標物の座標位置を確認」 俺を見ないまま長門が呟く、どうやらここでの用事は終わったようだな。 バイクから電源コードを引き抜き、座席の下にあったスペースに収納する。 案内所から戻ってきた長門に ありがとうな。 と言ってみたが、長門は首を左右に振るだけだった。 バイクに乗り、俺の後ろに乗り込む長門はいつもと同じように見える。 言うべきだろうか? 俺は長門に伝えるべきなのかどうかわからない言葉を抱えたまま、モーターの電源を入れた。 静かにバイクは浮上し、地面に積もった埃を舞い上がらせる。 俺はバイクを前進させながら、小さな声で呟いた。 今日は探し物で図書館に来ただけだから、また、図書館に行こうな。 背中に座る長門から返事はない。 さっき調整したままなのでミラーは長門の顔を写しているはずだ。 今、長門はどんな表情をしているのか? 俺はそれが気にならないわけじゃなかったが、ミラーを見ない事にした。 何故かって? そんなもん俺にもわからない。 「あ、遅かったわね」 東京タワーに戻ってみると、そこにはハルヒのバイクが停まっていた。 よほどハルヒの運転は荒かったのだろうな……。 バイクは停まっているのに、朝比奈さんは必死にハルヒの背中の一部になろうと小さくなってくっついたままでいる。 目は閉じたままで、俺達が戻って来た事にも気づいていないようだ。 古泉は? いつものにやけ顔の姿が見えない。 「古泉君は朱雀を引き付けて逃走中よ。朱雀も私には追いつけないって気づいたみたいで古泉君ばっかり追いかけてるの」 ……あいつの事だ、多分わざと速度を落として自分に注意を引き付けているんだろう。 無茶をしてなければいいが。 「キョンが戻ったら先に行くから総長の街で落ち合おうって伝えてあるわ。そっちはどう?アキバはわかった?」 ハルヒの問いに長門がうなずく。 「有希、なんだか機嫌がいいみたいね?」 ありえない事を言うハルヒだが、俺は一応確認してみた。 多少期待していたのだが、俺の後ろに座る対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースは、いつもの無表情を 継続しているようにしか見えない。 「さっきは調子が悪そうに見えたから心配してたのよ。これなら大丈夫そうね、案内して」 ……ハルヒが長門の様子に気づいていたとは意外だな……。 長門はゆっくりと腕を伸ばし、廃墟の一角を指し示す。 「現在地から東へ14ブロック、北へ15ブロック進んだ地点」 すまん、どこまでが1ブロックなんだ? ……俺には廃墟が続いているようにしか見えないんだが……。 「何それ迷いそうね……キョン、有希に聞きながら先に行って。私は後ろをついていくから」 ああ。 ハンドルを切り、長門の指し示す方向へと前進を始める。 「ひっ」 ハルヒのバイクが動き出したのを感じたのだろう、朝比奈さんが可愛い悲鳴を上げた。 ……ゆっくり移動したほうがいいのだろうか、それとも早くこの悪夢を終わらせてあげるべきなのだろうか? 「ちょっと! そんな遅くなくてもついていけるわよ?」 ほとんどぶつかる程真後ろにつけてハルヒが不満そうに言ってくる。 朱雀がいつこっちに来るかもわからないから、仕方ないよな。 俺は朝比奈さんへの罪悪感を拭えないまま、バイクを加速させて廃墟の中を走っていった。 どうやら古泉はよほどうまく朱雀を引き付けてくれているらしいな。 俺達が目的地に着いても、朱雀は俺達の前に現れないでいる。 長門の見つけてくれた目的地はビルの1階にある小さな倉庫だった。この中に目的の部品があるらしい。 「みくるちゃん着いたわよ」 震えながらしがみつく朝比奈さんを揺さぶるが、朝比奈さんはまだ目を閉じたままで震えている。 「ああもう、早く降りなさい!またウィリーするわよ!」 「嫌ですー!」 泣きながら朝比奈さんがバイクから滑り降りた、というか落ちた。 地面に降りても朝比奈さんはまだ泣いている。 朝比奈さん、大丈夫ですか? 「キョン君……怖かったです……」 今度は俺のズボンにしがみついて、朝比奈さんはひっくひっくと泣いている。 「大げさねぇ、別にそんな無茶な運転してないわよ?」 地面と接地していない電動バイクでウィリーなんて十分に無茶だろ、タイヤはあるが普通は使わないって総長が言ってただろうが。 ――倉庫には鍵がかかっていたが、シャッターの一部が壊れて大きく穴が開いていたので楽に侵入できた。 「それで? どの辺にあるの、その部品って」 侵入は楽だったが、倉庫の中は中身が広げられたダンボールがそこら中に転がっていて酷い有様だ。 食料目当てなのかどうかは知らないが、大勢の人がここで何かを探したらしい。 「30センチ四方のダンボール」 長門の説明に該当するダンボールは 「……古泉君も呼んでくればよかったわ」 壁際に山積みで放置されていた、人海戦術しかないらしい。 黙々とダンボールを開けて、長門に見せて確認してもらう。 そんな単純な作業に 「あー! もう! ……朱雀が来てないか確認してくる」 ハルヒが耐えられるわけがないよな。やっぱり。 すたすたと倉庫を出て行き、バイクに乗ったハルヒがシャッターの前を通り過ぎていく。 俺が再びダンボールの開梱に戻ると、 「ついでにみんなにジュースとか探してきてあげるから!」 一応罪悪感を感じていたのだろう。ハルヒのバイクが戻ってきて、それだけ言ってまた走り去っていった。 やれやれ、まあここでぶつぶつ言いながら作業されるよりは数倍ましだな。 朝比奈さんも休んでいてください。俺は図書館で何もしていませんから疲れていませんから。 貴女は精神的に重症のようです。 「ありがとう。でもいいんです、何かしていると落ち着くの」 青い顔に作り笑顔を浮かべてそうは言ってもですね? 貴女のその華奢な手は今も震えているんですよ。 でもまあ無理に休ませる事もできないし、こうなったら俺がさっさと目的の部品を探し出して休憩時間を作るのが一番だな。長門に 見せて首を横に振られたダンボールをはずれの山に投げて、俺は次のダンボールの開梱に移った。 幸いにも目的のアイテムは 「該当」 長門の無感情な声が小さく響き、 「え? あ、これなんですか?」 朝比奈さんが見事引き当てた。 多分、開けたダンボールは全部で100個くらいだろう。まだダンボールの山の半分も開いていない。早めに見つかってよかったよ。 中身は小さな機械の部品のようだった。それが何なのか俺にはさっぱりわからないが、厳重に梱包材に包まれている。 まだハルヒは戻ってきていない、出来る事もないしちょっと休憩できそうだな。 「あの、キョン君。次の目的地へは私が後ろに乗ってもいいですか?」 貴女に深刻そうな顔で見上げられながらお願いされて断われる男なんて、この次元に一人として居ませんよ。きっと。 いいですよ。長門、ここからはハルヒの後ろでいいか? じっと俺を見ていた長門はいつものように頷いた。 ただ、そのタイミングがいつもよりほんの少し遅かったような気がする。 俺は別に長門の専門家じゃないが、こいつのリアクションに関しては第一人者だと自負しているつもりだ。 「長門さん、すみません」 まあ、朝比奈さんが謝る事でもないと思うんですけどね。 「おまたせ~!」 ハルヒの噂をすればハルヒが来る。 そんな諺があったような、なかったような……。 ともかく我等が暴君はコンビニの袋いっぱいのジュースとお菓子を抱えて戻ってきた。 ハルヒ、目的の部品は見つかったぞ。 「え? あ、じゃあ次はなんだっけ?」 あ、そういえば次はなんだったかな。 俺とハルヒが記憶を探っていると、 「北東のアメヨコでICボード探しです」 朝比奈さんが覚えていてくれた。 「そうそれ!古泉君待ってるだろうし休憩はお預けね。さっさとICボードを手に入れて総長の所に戻ってから休みましょう」 そうだな。 さっきから姿が見えないけど、いつ朱雀が来るかわからないから落ち着かない。 俺の後ろに隠れるように立つ朝比奈さんが、小さな力でそっと服を引っ張っている。小さすぎて俺が気づいたのもたまたまって くらいの力だ。 ああ、俺から言えばいいんですね。 ハルヒ。 ハルヒはすでにバイクに戻ってジュースをバイクに押し込んでいる。 「ん? 何」 朝比奈さんと長門が交代だ。 お前の運転にはバイクも悲鳴を上げてるだろうが、それ以前に朝比奈さんが耐えられん。 「なんで?」 う、何でって言われると困るが……。 言い訳を考えている俺の顔をしばらく睨んでいたが、 「……まあいいわ」 不思議な事にハルヒはあっさり承諾した。 嵐の前の静けさと言うべきなのだろうか、ハルヒは妙に大人しかった。 「キョン君、ごめんなさい。自分で言わなきゃいけない事なのに」 いえいえ、お安い御用ですよ。 背中にたわわな柔らかい感触を受けながら、それを意識しないように俺は冷静な運転に努めた。ハルヒの暴走に涙していた 朝比奈さんに、俺が怖い思いをさせたら何のための交代かわからない。 「でも嬉しかったです。気づいてくれて」 毎日美味しいお茶を入れてもらってるんです。これくらいの事でお礼を言われる立場じゃありませんよ。 前方を走るハルヒは目的地へ最短距離で進むかのように悪路を無視して突き進んでいく、俺はなるべく平坦な道を選んで 追いかけていくがハルヒにはそんな意識は無いらしい。 あれじゃあ朝比奈さんが悲鳴をあげるはずだよな……。 ハルヒの後ろに見える長門は、無表情のまま前方を指差している。 すみません、ちょっとだけ速度をあげていいですか? 「はい。大丈夫です」 朝比奈さんが急いで俺にしがみついて、結果背中に感じる感触が強くなったのは不可抗力だ。 嬉しいか嬉しくないかと聞かれれば聞くまでも無いと答えるが、速度を上げたいのには別の訳がある。 ハルヒ! 風に負けないように大声をあげると、ハルヒが少しだけ速度を落としてこちらに顔を向けた。 「何よ。早すぎるとでも言うの?」 結論だけで言えば。 そうだ! 「は~? 根性見せなさいよ!これでもあんたがついてこれるように我慢してるのよ?」 当たり前だ。お前が本気を出したら朱雀でも追いつけないんだろ? 俺がついていける訳ないだろうが。 それはわかってる、でも長門は本調子じゃないんだ。 自分の名前が出て、長門が俺に視線を向けた。 いつものように表情らしい表情は浮かんでいない。 「あ、そっか。ごめんね有希?大丈夫?」 やれやれ。 ハルヒの速度が多少落ちたのを感じて、俺も速度を落としてハルヒの後方に戻った。 「優しいんですね」 後ろから朝比奈さんの声が聞こえる。 朝比奈さん程じゃないですよ。 貴女の優しさで何度となく癒されてきた俺が言うんだから間違いありません。 「そんな事、ないです」 ハルヒが減速してくれたので速度はさっきよりも落ちたのだが、朝比奈さんは何故か強くしがみついたままだった。 迷路のような廃墟の中をぐるぐると回り、複雑に入り組んだ地形を進んでいくと。 「あ、もしかしてあれ?」 建物の影に隠れるように開けた空間に、小さな商店街が見えてきた。 空からは見えないように巧妙な位置に店が立ち並び、人通りも総長の街よりもずっと多い。 俺達はバイクを停めて、さっそく商店街へと入っていった。 「ねえ、ここってアメヨコ?」 商店街の入口近くに居た男にハルヒが話しかけていく。 「そうさ、綺麗なお嬢ちゃん。軍の転売品でバルカン砲のいいのが入ってるよ、安くしとくからお一つどうだい?」 商店街の入口に居た男は、当たり前のように重火器を見せながら笑っている。 営業妨害をして悪いがやめてくれ、こいつなら買いかねないんだ。 「それもいいんだけど、ここにいかがわしい店があるって聞いたんだけど知らない?」 ハルヒの言葉に店の男は目を丸くする。 「なんだ、お嬢ちゃんにはそんな趣味があるのかい。人は見かけによらないねぇ……。もしかして後ろに居るのはお仲間じゃなくて お嬢ちゃんの奴隷だったりしてな」 下衆な声で笑い出す男に、 「そんなとこよ」 ハルヒはあっさり肯定した。 ……誰がお前の奴隷だ、誰が。 店の男の表情が固まる。 ハルヒの言葉には冗談みたいな雰囲気が一切無かったからだろう。俺としてもお前の団員に対する認識については小一時間 問い詰めたい所だ。 店員さんの視線が俺達を順番に通り過ぎていく、疲れた顔の俺、多少元気を取り戻した愛らしい朝比奈さん、人形と変わらない レベルの無表情を誇る長門……。 「で、知ってるの?知らないの?」 「……え?ああ。そこの店の間の奥に通路がある。その先にそんな店はあるよ」 男は呆然としたまま商店の一角を指差す。 「ありがと」 そっけなく礼を言うハルヒに続いて無表情の長門、店員に困った笑顔で会釈して通り過ぎる朝比奈さん。そして諦め顔の俺が 通り過ぎてから。 「世も末だ……あんな若くて綺麗な娘さんが……そんな……」 と男の絶望した声が聞こえてきた。 わかるぜ。俺も朝比奈さんが奴隷にされてたりしたら、間違いなく革命を起こすだろうよ。 「いらっしゃ……」 いかがわしい店は本当にいかがわしかった。 ビルの壁に開いた穴に隠れるように作られ、入口らしい場所には布がかけられ、ここからでは中を覗く事は出来ない。 壁に穴を開けて作られたカウンターだけが外に出ていた。 半裸の女性のポスターがそこら中に張られていて、朝比奈さんの視線を気にして俺は必死に何も無い壁を凝視する。 「キョン君、ここって……えっと何を売ってるお店なんですか?」 本当にわからないらしく、朝比奈さんは無邪気に聞いてくるのだが……すみません朝比奈さん、俺はその言葉に答える事は 自分のイメージを壊さない為に言えないんです。禁則事項なんです。 さ、さぁ……俺にもわかりません。 この辺りだけ妙な香水の匂いが漂っていて、人通りも殆どない。 いかがわしい店の店員はカウンターの前に立つ俺達を見て固まっていた。 来る場所を間違えていないか? その目は間違いなくそう言っている。 「ねえ、ここっていかがわしい店よね」 「あ、ああ」 そう答えるしかないのだろう、店員はうなずく。 「有希、お願い」 狭いカウンターの前に、ハルヒに代わって今度は長門が立った。 店員の目は長門の顔から体へと進み、また顔に戻ってくる。 「なんのようなんだ? ……ま、まさかここで働きたいとかか?」 店員の言葉にはある種の悲壮感が漂っている。意外に良心的な人らしい。 「違うわよ。有希、例の部品」 ハルヒに言われて長門は倉庫で見つけた部品と、さやかさんに渡されたメモをテーブルに置いた。 目のやり場に困るようなチラシの上に置かれたそれは、ケーキの上に直接乗せられた黒板消しのように異彩を放っている。 「対朱雀対処装置のOSシステム制御用多層式ロム、このロムを稼動できるボードの純正品。もしくはそれと同等の性能を持つ 製品を一つ」 長門の言葉は俺には呪文にしか聞こえないが、店員には意味が通じたらしい。 「あんた、いったい……いや、言わないでくれ。俺は何も知らないし聞かなかった。ただこいつをテーブルの上に置いて、どこかに 無くしてしまった。それだけだ」 店員はそれ以上係わり合いになりたくないのか、小さな機械をカウンターに置いて自分は店の中に入っていってしまった。 いったい何を恐れているんだろう? 長門はその部品を手に取りしばらく眺めていた。 「え、ちょっと料金は? ……有希、必要な部品ってそれでよかったの? 違ったら今の店員を引きずり出してくるけど」 まて、お前は中に入るな。入るなら俺が入る。 ハルヒの言葉に長門は部品を見たままうなずく、これでいいらしいな。 とにかくこれで指定された部品は揃った、後は総長の所へ戻るだけだ。 俺達が店から離れようとすると、カウンターの置くから声が聞こえてきた。 「これは独り言だ、だから返事はしないでくれ。朱雀を倒そうって考えてる連中が居るのは知ってる。俺もどちらかといえば そう思ってるさ。でも、生き残った連中の中には、この混乱の中だからこそ美味しい思いをしている奴もいる。……俺の独り言は それだけだ」 その独り言を聞いてから街を出るまで、ハルヒはさっきのがどんな意味なのかを俺に聞いてきた。 この時点ですでに不機嫌だったのは言うまでも無い。 俺はなるべく推測が混じらないように気をつけてハルヒの質問に答えてやったのだが……。 「無事だったんですね! よかった……」 「お帰りをお待ちしていました」 俺達が総長の街に戻ると、酒場の前にはさやかさんと古泉が待ち構えていた。 バイクを停めてハルヒは長門から部品を受け取り、さやかさんの前に進み出る。 「ただいま、そっちの準備はどう?」 その声は明らかに苛立っていた。 「あ、はい。酒場の裏のガレージで兄が……その、最後の調整をしています」 驚いているさやかさんの言葉を最後まで聞かずに、 「ありがと、みんなは酒場で休んでて」 ハルヒはガレージに向かって歩いて行った。 「何かあったんですか?」 古泉もあっけにとられながら聞いてくる。 あれだけあからさまに苛立っているハルヒは久しぶりだ。SOS団設立前以来じゃないか? ちょっとな。 ……あいつが一番嫌う様な事がちょっとな……。 「お任せしてもよろしいですか?」 何をだ、とは聞かねえよ。 お前はともかく、朝比奈さんと長門には面倒をかけたくは無い。 そっちは頼んだ。 俺はうなずく古泉を残して、ガレージに向かった。 「ハルヒちゃん、あんたの気持ちはわかるよ」 「わかるならなんで戦わないのよ!」 ……もう始まってたか……。 俺がガレージの前に行くと、言い争う声が聞こえてきた。 と言っても声を荒げているのはハルヒだけ、総長さんは落ち着いた声だった。 シャッターをくぐると、松葉杖の延長線上のような形の白い機械を前にハルヒが総長さんを睨んでいた。 これが噂の秘密兵器か。 思っていたよりも小さいな、これならば一人で持てるんじゃないか? 「遅いじゃない!」 俺への第一声はそれだった。 お前の指示は「みんなは休んでて」じゃなかったのかよ。 「でもな、あんたが思うほど事は単純じゃないんだ」 「複雑にしてるのはあんたじゃないの?」 いったい何の話をしてるんだ。 「キョン君だったか?あんたからも言ってやってくれ」 総長さんまでその名で呼びますか。 「キョンあんたはどっちの味方なの?!言っておくけど、反逆罪は銃殺だからね!」 なんとなく想像はついているんだが、 その前に説明しろ。何を言い争ってるんだ? ――ハルヒの言い分としてはこうだ。 朱雀のせいでみんな酷い思いをしているんだからみんなで協力して戦えばいいのに、なんでそれに反対するような悪人を 放置するのか? という事らしい。 まあ、ハルヒらしい言い分だ。 総長の意見はというと、 「でもな、ハルヒちゃんが言うその悪人のおかげで生きていられる人も少なくないんだ。俺達が運んでいる救援物資、あれも そいつらから物々交換で手に入れている。もしもそいつらの機嫌を損ねたら飢え死にする人が出るのは間違いないんだよ」 「だったら!」 我慢できずに出来たての秘密兵器に手を突く。 どうやら簡単に壊れるような物ではないらしく、総長さんは落ち着いている。 「だったらそいつらをやっつけて、物資を奪えばいいじゃないの!」 おいおい、何を言い出すかと思えば……。 ハルヒ、総長さんの回りに居る人だけで全部やれってのはどう考えても無理だろ? だがハルヒはそれでも納得できないようだ。 まあな、俺も今の話は納得したくねえよ。 そんな火事場泥棒の顔色を伺わないと生活できないなんて、納得しろって方が無理だ。 俺も、正義の味方が居ないってわかってても居て欲しいって思ってるタイプだからな。 「……どうやらキョン君もハルヒちゃん側の考えらしいな」 俺とハルヒの顔を見て総長さんがため息をつく、その顔には何故か笑顔が浮かんでいた。 その顔を見て俺達が何も言えないでいると、整備を再開しながら総長さんは話し始めた。 「俺には兄貴が居てな? 兄貴と俺はあんたが言うような事をやったんだよ、ずっと前にな。破壊された街から物資を集め、それを 法外な条件で売りつけて儲けてるやつらを相手に思いっきり暴れまわったさ。回りからは英雄呼ばわりされて、俺と兄貴は調子に 乗ってどんどん活動範囲を広げていった。自分達がやってる事が正義だって信じてな」 そこまで言って、総長さんは秘密兵器の下にもぐりこんで顔が見えなくなった。 そのまま下から声がする。 「そいつらは俺達と係わり合いにならない道を選んだ、買い手はいくらでもいるからな。結果、俺達の回りには食料が出回らなく なって大勢の人が飢えに苦しんだ。みんなは俺達を責める側に回った、生きる為に。たとえ正しい事をしたとしても、それによって 苦しんでいる人から見れば俺達は悪人だったんだよ。そんな悪人は……さっきのあんたが言うように、だ」 「あ……」 言葉もない。 総長さんの言葉はハルヒにはかなりショックだったようだ、正直俺もきつい。 正義が人を助けるとは限らないって事か……。 「悪党相手にならいくらでも戦うさ、でも飢えに苦しんでる人を相手には戦えない。仕方なく俺達は逃げ回ってた……そんな中、 兄貴は朱雀にやられちまったよ。残った俺達は、悪党ではなく朱雀を倒そうって決めた。後は前に話した通りさ。警察も軍隊も 倒せなかった朱雀を、暴れるしか能が無い暴走族の俺達が倒す……どうだ、かっこいいだろ?」 俺達がガレージから酒場に戻ると、酒場の中は前と同じ平和な空気が流れていた。 さやかさんは相変わらず笑顔でコーヒーを配り、暴走族の人たちは笑いながら美味くもない乾パンを食べている。外から戻って きた人には笑顔で迎え、でかける人には無事帰れる事を願って送り出す。 朱雀と出会ってしまえば生きて戻れる保障なんてないと承知の上で……。 そんな毎日を、この人達はどれだけの間続けてきたんだろう? 「あ、お帰りなさい。兄さんの様子はどうでした?」 さやかさんが戻ってきた俺とハルヒを見つけて近寄ってくる。 その笑顔が今の俺には辛かった。 「さやかちゃん?」 「はい?」 さやかさんの肩を掴んだハルヒの目には 「絶対……このあたしが絶対に朱雀を倒してあげるから!」 強い決意が篭められていた。 元々声が大きいハルヒが叫んだせいで、酒場の中は急に静まり返り何事かとこちらを見ている。 「涼宮さん」 離れた場所で俺達の帰りを待っていたみんなが不安そうにこちらを見ている。 心配しなくていい、大丈夫だ。 「おいおい、朱雀を倒すの俺だ。お、れ」 いつのまにか後ろに来ていた総長が場の空気を見て明るく繋げる。 「総長!」 「兄さん!じゃあもしかして……」 酒場の視線が総長へと集まる、それを眺めて総長は自信たっぷりに視線を受けながら 「ああ、完成だ。後は例のエネルギーを調達したら稼動できる。みんな待たせたな! いよいよ正念場だ!」 高らかに宣言した。みんなの歓声で狭い酒場がいっぱいになる。 この人は本当に人の上に立つのに向いている人だな。 ついていこう、そう思わせる雰囲気を持っている。 「助けてもらっておいて悪いが、朱雀は譲らねぇぜ?」 冗談っぽく言う総長に、 「じゃあ勝負よ。どっちが先に朱雀を倒すか!」 ハルヒは食って掛かった。 だから大声で勝負とか言い出すなよ。 さっきとは違って、明るい雰囲気で視線がハルヒに集まる。 「よし、受けてたってやる。で、何をかける?」 「そうね……じゃあ」 ゆっくりとハルヒの視線が酒場の中を回っていき……。 借りている――ハルヒは貰ったつもりかもしれないが――総長のバイクを本当にくれとか言いそうだと思っていたが。 「さやかちゃん」 俺の想像など練乳クラスに甘かった。 「へ?」 突然自分の名前が出てきてさやかさんは目を白黒させているが、ハルヒはさやかさんを指差したまま微笑んでいる。 予想外の展開に誰も口を挟めないようだ。 おい、人の妹さんを賭けの対象にするな。 「いいじゃない可愛いんだから。私が勝ったらさやかちゃんをもらうわ。お持ち帰りで」 確かにさやかちゃんは可愛い、ナイスポニーテールだ。だがそれとこれとは話が別だろ? まあ総長さんもこんな条件を飲むはずがないからいいが、 「じゃあ俺はあんただ」 な?! 総長さんは何故か余裕ありげに微笑んでいる。 「俺が朱雀を倒したらあんたはここに残れ。どうだ、受けるかこの勝負?」 総長さん、あんたは常識人だと信じてたのに! 「兄さん馬鹿なことを言わないで?」 「俺は結構本気だぜ?」 さやかさんには取り合わず、総長はじっとハルヒを見つめている。 ハルヒ。 受けるなよ? 俺の視線を気にしながらも、ハルヒは総長から視線を逸らさない。 古泉、以心伝心だったか? 今だけ俺にそれを使わせろ。そんな能力があるかなんて事はどうでもいい。 「いいわ」 おい! ハル「このあたしが負けるはずないもの。その条件、受けてあげるわ!」 俺の言葉を遮ってハルヒは続けた。 さっきから何を言ってるんだお前は! 「よ~し決まりだ、みんな明日は原発に乗り込むぞ!」 総長の声に答える暴走族の人達の声で、俺の苦情など掻き消されてしまった……。 ドアをノックすると、 「はい」 中からは可愛らしい朝比奈さんの声が返ってきた。 俺です、中に居れてもらえますか? あの騒ぎの後、ハルヒは酒場の2階の部屋に早々と戻ってしまっていた。 女性3人が居るはずのその部屋からは朝比奈さんの声以外、物音一つ聞こえない。 「えっと、今は誰も部屋に入れないでって言われてるんです……」 そうですか……。 今からでもいい、総長に勝負を断わってこい。そう言うつもりだったんだが。 「ごめんなさい」 いえ、貴女が謝る事じゃないんです。悪いの間違いなくあの暴走女なんですから。 仕方ない、俺は廊下を挟んだ反対側の部屋に戻った。 「その様子では涼宮さんとは」 ドアの前にすら来なかったよ。 古泉の顔にも困惑が浮かんでいる。 俺もまさかあいつがあんな事を言い出すとは思ってもいなかったさ。 ハルヒはこれはゲームだって思っているんじゃなかったのか? 「涼宮さんと一緒に行動するようになって、自分に少しは予想できない展開への耐性ができていると思っていましたが……甘かった です」 ああ、俺もだ。 まさか自分が対象の賭けを受けるなんてな。 それもコンピ研の時みたいに部活が変わるなんてレベルじゃない、ここに残る? 何を考えてるんだあいつは。 「もしも、ですが」 ベットに座って床を眺めながら、古泉は呟く。 俺の返事を待つ事無く続ける。 「総長が朱雀を倒し、涼宮さんが本当にここに残ると言い出したら。貴方はどうしますか?」 いつもの笑顔も無く古泉が聞いてくる。 ああ、俺もそれを考えていたんだ。 でもいくら考えても答えは出ないでいる。 お前はどうなんだ。 「僕は……どうするんでしょうね。僕の存在意義にもなりつつあるこの能力を考えると、ここに残ろうとするのか……それとも涼宮さん の居ない現実に戻ろうとするのか……」 俺の返事をそれ程期待していなかったのか、古泉はまた床へと視線を落として思考の中へと戻っていった。 まあお前の場合、そんな問題もあるよな。 でも俺の悩みはお前とは少し違う。 いや、お前ももしかしたら同じ事をどこかで考えているかもしれないが……。 ハルヒは、総長の事をどう思ってい「おっまたせー!」 扉を蹴破ってハルヒが部屋に入ってきた時、俺は何か懐かしいものを感じていた。 ……俺が真面目に何か考えるといつもこれだ……。 「はい、キョンはこれ」 ご機嫌なハルヒからあっさりと手渡される重量物。 ……ってお前これは銃だろ? しかも撃ったら肩が抜けそうなこの西部劇で出てきそうなデザインはまさか? 「44マグナム。肩が抜けないように両手で構えて、腰を落として撃ちなさい」 銃を構える仕草でハルヒが腰を落として実演して見せる。 お前どこからこんなもん持ってきた! 俺の指摘を無視して、今度は弾が大量に装てんされたベルトが投げられる。 「酒場の倉庫よ、他にもい~っぱいあったから。あ、古泉君はこれ。もしも近接戦闘があったら困るから剣の一本くらい持っててね」 古泉にはいびつな形の剣が一振り渡された。 「了解しました」 何故か嬉しそうに古泉は剣を受け取り、さっそく抜いて重みを確かめるように型を決めている。 へいへい、似合ってますよ。 「みくるちゃんにはバルカン砲よ! 何かに使えると思って買っておいてよかったわ~」 何かって、何に使うつもりだったんだ。 「あははは……」 凶悪な外見の重火器を持たされた朝比奈さんは、力なく笑っている。 長門が重量をごまかしてるにしても、朝比奈さんにバルカン砲はないだろ……。その薬莢、どうみても直径2cmはあるぞ? 「みんな! よ~く聞いて。い~い? 戦争はずばり火力よ。一気に突撃! 僅かな反撃すら許さず粉砕! 玉砕! 大喝采! これっきゃないわ!」 玉砕したら駄目だろうが。 おい、まさかこのまま朱雀を倒しに行くのか? 「まさか、秘密兵器のエネルギー確保が先よ。場所は地図を持ってきたし、説明書も有希が暗記したって言うから大丈夫!」 ハルヒが指差す先には、ガレージにあった秘密兵器を持つ長門の姿があった。 こいつ、本気だ。 「さあ、明日の朝に出発とか悠長な事を言ってる総長を出し抜いて一気に決着よ!」 だったら静かに入ってこいよ、さっきから騒いでるお前の声で総長に気づかれるだろうが? なんて俺が言った所で聞くような奴じゃないよな……それで? どこに行くんだったっけ。 長門、そのエネルギーがあるってのはどこなんだ? 「原発」 ……え? 俺に聞こえなかったと思ったのだろうか? さっきよりも少しはっきりと 「原発」 そう長門は言い切った。 ……原発に取りに行くエネルギーっていったら――まさか。 深夜の廃墟を3台のバイクが走り抜けていく。 暗い夜のほうが朱雀の姿が目立って安全な気がするが、廃墟の影のせいで死角が多くさっきから気が休まらないでいる。 夜道を照らすフロントライトは最小まで絞ってはいるが、それでもこの暗闇では遠くからでも見つけられるに違いない。 バイクにはハルヒが一人で、古泉の後ろには長門が、俺の後ろには朝比奈さんが乗っている。 「今回は本気で運転するからあたしは一人で乗るわ、みくるちゃんと有希は好きにしていいわよ」 出掛けにハルヒがそう言ったからだ。 それにしても原発か。 俺はさっきまでここが未来の日本だって思ってたけど、流石にそれは無いみたいだな。 いくら政治家が馬鹿な事をするにしても、東京に原発は作らないだろう。 「キョン君、聞こえますか?」 背後から朝比奈さんの声がする。 はい、聞こえてますよ。 真面目な声だ、いったいなんだろう? 「えっと、最悪の事態が起きた時の為に伝えておきたいんです」 なんですか? 急に。 原因不明でゲームの世界に閉じ込められ、成り行きで原発に乗り込む事になった高校生。 これ以上の最悪があるっていうんですか? 「この世界にはイレギュラーな要素はありますが、現実世界と繋がっています」 ……え? すみません、意味がよくわからないんですが。 「えっと、この世界は間違いなく未来の日本です。私が住んでいた時代から見れば過去なんですけど、涼宮さんやキョン君達と 過ごしているあの時代から見たら未来なんです」 それは、つまり……。 ここは異世界じゃないって事ですか? 「はい。他の世界や塔は確かに異世界でしたけど、ここは違います」 それは驚くべき所なんでしょうけど……。でも、原発が東京にあるなんてありえるのか? その、それってつまり……その。 とりあえず原発の話は置いといて、だ。 ぶっちゃけますとですね?俺みたいな一般人からすると、未来の世界も異世界もそんなに違わないんですが。 「ここで私がTPDDを使えば、恐らく元の時代に戻れます」 本当ですか?! 「はい」 なんてことだ、まさかここまで泣きっぱなしだった朝比奈さんがこんなタイミングで救世主になるとは……。 妖精で天使で救世主! 朝比奈さん、貴女に対抗できる物なんてもうこの世にありませんよ! 貴女が神か! 「でも、これは最後の手段なんです。これを使ってしまえば涼宮さんに全てがばれてしまうかもしれませんから」 う、それは確かに……。 誤魔化すのは難しいでしょうね。 もしここで俺達が過ごしていた時間まで遡ったとしてもだ、俺達は東京に戻る事になる。 ゲームセンターで遊んでいたら、いつの間にか東京に居た。 ……ここまでくると、言い訳しろって方が無理だろう。 せっかく現実に戻れても、今度は古泉の言っていた「非現実が現実と入れ替わった世界」が訪れるかもしれないって事だよな……。 「ですから。みんなの身に危険が迫った時にだけ、私はTPDDを使おうと思います」 俺は朝比奈さんに何て答えればいいのかわからなかった。 SOS団の中に居て、俺だけが特別な力を持っていない。 それは俺が一般人であるという証明で誇りでもあったんだが、今はそれが悔しかった。 「ごめんなさい。キョン君にこんな話を伝えても困らせるだけなのに……」 朝比奈さん、そんな事ありませんよ? 貴女が居るからこそ、俺はハルヒの暴走に耐えられているようなもんです。 俺には出切る事がない、そう決め付けるのはまだ早い。 きっと何かあるはずなんだ。 長門を乗せた古泉のバイクが地下鉄に降りていく。 その後ろに続いていくと、そこは廃線なのか作りかけなのかわからないが線路が所々かけた線路が続いていた。 無言のまま走り続けていくと、やがて古泉のバイクが緩やかに速度を落とし止まった。 線路の脇にある退避穴からさらに地下へと続く道が伸びている。 「ここなの?」 ハルヒの問いに長門は静かにうなずく。再び古泉が先頭で、地下へと進んでいった。 下水道という看板を途中で見かけた時から匂いを覚悟していたんだが、以外にも通路からは埃と淀んだ空気の匂いがするだけで 特に異臭はなかった。 緊張のせいだろうか、さっきから誰も口を開かない。 そんな中俺達の沈黙を破ったのは、 「……今の!」 ハルヒがスピードを緩めずに声をあげる、俺にも聞こえた今のは 「銃声」 長門が冷静に答えてくれた。 さらに銃撃音、爆発音が通路の先から続く。かなり奥からその音は聞こえてくるようだ。 俺達以外に、こんな場所に乗り込むなんて大馬鹿野郎の心当たりは一人しかいない。 「みんな、急いで!」 その声には、先を越されるといった焦りはなかった。 もしかしてハルヒは、抜け駆けをしようとしたのは勝負に勝つためじゃなくて……。 ハルヒの声に答えるように、長門を乗せた古泉は狭い通路を限界まで飛ばして進んでいった。 「遅かったじゃないか。これが例の物だ」 俺達はなんの障害も無く、原発の最深部まであっさり辿り着いた。 それもそのはずだ、ここまでの通路を全部準備してくれていた人が居たんだからな。 「総長」 血まみれで扉の前で壁にもたれてうずくまった総長は、最後に酒場で見せてくれた笑顔のままでタバコを口にくわえていた。 足元には血で汚れた小さな機械が置かれていて、扉の向こうにはガラクタと化した兵器が転がっている。 総長の体はタバコを持つ右手以外は無事な場所を探すほうが難しいくらい血まみれで、何故笑っていられるのか想像もつかない。 「あんた……ばっかじゃないの!」 吐き捨てるように叫んでからハルヒはしゃがみこみ総長の襟を掴んだが、驚いた顔でその手をすぐに離す。 ハルヒの手は、血に染まっていた。 「あ~……タバコ、さやかに辞めろって言われてたんだった。しまったな……」 少し寂しそうに総長はタバコを大きく吸ってから、床にタバコを押し付けて火を消した。 「なんで? 私達なら無事にここまでこれたかもしれないじゃない! なんで一人で無茶したのよ!」 ……ハルヒ、総長はお前と同じ事を考えてたんだろうよ? お前が総長達に危険な事をさせたくなくて抜け駆けを考えた様に、総長も俺達の事を思って……。 「賭け、負けちまったな」 総長は右手だけで自分の頭に巻かれた鉢巻を外すと、そのままハルヒに差し出した。 「こいつをさやかに渡してくれ、それであいつはわかるはずだ。それと……もしもあんたも朱雀を倒せなかった時には、悪いが 本当にあいつを一緒に連れて行ってやってくれないか?」 震える手で鉢巻を差し出したまま総長は笑っているが、ハルヒはそれを受け取らないまま総長の前に立っていた。 しばらく無言の時間が流れてから、ハルヒはそっと鉢巻を手に取る。 「妹を……頼む」 言葉が途切れるのと同時に総長の体が床に倒れる、俺の腕を痛いほどに掴んで朝比奈さんが声を殺して泣いていた。 ……最後まで、かっこつけすぎだろ? 協力して朱雀に勝って、みんな笑顔で別れる。そんな未来だってあっただろうに! 「有希……装置はこれで動くの?」 掠れた声でハルヒが呟く。 誰の方も向かずに、前方の壁を見つめたままで。 「……稼動確認、朱雀用バリア消去装置イレイサー99。完成」 総長が手に入れてくれた部品を組み込み、長門が完成した秘密兵器を手に取り答えた。 「わかったわ」 ハルヒは静かに自分の頭にあったリボンを取り動かなくなった総長の腕の上にそれを落とすと、総長の鉢巻を代わりに巻いた。 鉢巻に染込んでいた総長の血が髪に滲み、額を伝ってハルヒの顔を流れていく。 俺達の顔を見る事無く、ハルヒは通路を戻って行った。 おい……まさか! 俺達が原発から総長の街に戻ろうと廃墟を走っていると、前方から廃墟の向こうに赤い光と煙が見えてきた。 嫌な予感がして胸が締め付けられるようで気持ちが悪い、何かの間違いだよな? 火事か何かだよな? 夜が明けたら原発に行くからって、調子に乗った誰かが馬鹿をやってるだけなんだよな? 俺は後ろに居る朝比奈さんに気を使う事も忘れて、急加速して街へと急ぐ。 ハルヒと古泉も同じように加速していた。 廃墟を超えた先に見えてきたのは、飛び去っていく朱雀の姿。 そして、炎に包まれて崩れ落ちようとしている総長の酒場だった。 古泉! 停めろ! 俺は朝比奈さんに酒場が見えないように向きを変えてバイクを停めた。 急いで飛び降りて朝比奈さんの手を取り、降りてもらう。 「キョン君?」 何故ここで降ろされるのか朝比奈さんにはわからないみたいだ。 それでいい、それでいいんだ! 朝比奈さんは長門とここに居てください。 俺の前を走っていた古泉が戻ってきた、どうやら俺が言いたいことはわかっているらしい。 長門、ここで朝比奈さんと待っててくれ。俺は古泉の後ろに乗って様子を見てくる。俺のバイクを置いていくから何かあったら これで逃げろ。 俺の顔を見て長門はうなずく。 長門はこの先に広がっているであろう物を見ても、顔色一つ変えないかもしれない。 でも、俺は長門にそんな物を見て欲しくないんだ。 「すみません、涼宮さんは先に行ってしまいました、急ぎましょう」 誰が止めたとしても、あいつは行っただろうさ。 わかった。 俺は古泉のバイクに飛び乗ると、バイクは燃え盛る酒場へ向かって一気に加速していった。 「……完成したのか? あれは……」 酒場の周りには暴走族のみんなが倒れていた。 俺と古泉で急いで確認したが、その殆どがすでに息絶えてしまっている。 ただ一人の生き残っていたその男も虫の息だ。 「しっかりしなさい! イレイサー99は完成したわ、朱雀なんてあたしがすぐに片付けてくるから!」 ハルヒが揺さぶりながら大声を出す。 俺はそれを止める事もできずに、ハルヒを見守っていた。 「……そ、その鉢巻……」 男がハルヒの頭に巻かれた鉢巻を見て目を見開く。 「さやかさんが……新宿のビルに……」 それだけ言って、男は息絶えた。 生き残っていた男以外は、銃や刃物かわからないが無残な程に痛めつけられていた。 多分、俺達へのメッセンジャーとして一人だけ止めを刺さなかったんだろう。 ハルヒ。 「何」 倒れている人の中にさやかさんは居なかった。 多分、俺達を罠にかけるために連れて行ったんだろう。 「……そう」 酒場に居た人数からすると、半分くらいの人はここには居ない。 「……」 泣くなハルヒ、まだ終わりじゃねぇ。 仇を取るぞ。 ハルヒは動かなくなった男を見つめながらうなずいた。 ご丁寧な案内だな。 俺達が長門の先導で新宿区へ向かっていると、廃墟の中に一つだけ煌々と照明が付けられたビルが見えてきた。 これが罠でなくて何が罠なんだって感じだ。 ビルの入口は開いたままだが、わざとらしく瓦礫が置かれているのでバイクのままでは侵入できそうにない。 ここからは歩きか。 俺が速度を緩めてバイクを停めようとすると、ハルヒはバイクに乗ったままでバルカン砲を入口に向かって構えた。 ……今日ばかりは付き合ってやるよ。 朝比奈さん、しばらくの間耳を塞いでいてください。 後ろに座る朝比奈さんに言ってから、俺も荷物から朝比奈さんのバルカン砲を取り出し照準を入口付近に向ける。 数秒後、激しい銃撃音が真夜中の廃墟に響き渡っていった。 俺達がビルの中に入っても、銃弾の雨も爆発も起こらなかった。 よくきたな! などという声が聞こえることも無く、誰かの視線すら感じない。 「下に来い。という事でしょうね」 わざとらしく下りのエスカレーターにだけ電源が入っている。 退路を断って、確実に仕留めたいって所だろうか? ハルヒがバイクのままエスカレーターに向かうのを見て、俺達もそれに続いた。 そのまま待ち伏せを受ける事も無くビルから繋がった地下街まできてしまった。店はシャッターが閉まっていたり壊されていたり するが、人の気配はしない。 ここからどこへ行けって言うんだ? 「バイクを停めて!」 言いながらハルヒが自分のバイクの電源を切る、俺と古泉も慌てて電源を切った。 音を出す物が一つもなくなり、耳鳴りのような音が鳴り出す。 いったいなにがあるんだ? と聞こうとする俺を腕で制して、ハルヒは顔を伏せて耳を澄ます。 ……耳に流れるノイズ音。 それに混ざるようなこの音は……。 「地下鉄の非常ベル!」 ハルヒはバイクのキーを回してモーターを起動させると、その場で急旋回して走り出した。 ベルの音を頼りに走り続けると地下街のさらに下、地下鉄の改札の先からベルの音は聞こえているようだった。 バイクのまま改札を乗り越えていくと、地下鉄がホームに停まっているのが見えてくる。 柱の一つに赤く点滅を繰り返す非常ベルを見つけた俺達は、とりあえず復旧ボタンを押した。 大音量で流れていたベルが止まり、ホームは急な静けさに包まれる。 ベルが止まるのを待っていたかのように、地下鉄の扉が一斉に開きだした。 扉の向こうの車内には誰も乗っていない。 「乗れって事ね」 俺達が車内に乗り込むと、自然にドアは閉まり地下鉄はゆっくりと走り始めた。 さて、どこへ連れて行こうとしているのかね……。 これからどうする? 俺達を誘導している誰かは、相変わらず何も言ってこないでいる。 「先頭車両まで行ってみましょう、誰か運転席に居るかもしれないわ」 それしかないな、無人かもしれないが進路が見えないのは不安だ。 古泉がさっそく前の車両へと走り始める。 「急ぎましょう、もしもこの路線が途中で途絶えていたら大変な事になります。非常ブレーキを押さえておいたほうがいいでしょう」 それは確かに笑えない、俺達は先頭車両へと急いだ。 連結部の扉を何回開けただろうか、揺れる不安定な車内を走っていくとついに先頭車両へと辿り着いた。 「誰も居ないわね」 運転席には朱雀どころか誰の姿も無かった。 前方にはトンネルの闇が続いているだけで、他には何も見えない。 運転席は手狭で、俺と古泉が入っただけで一杯になってしまった。 非常ブレーキは……これか。 非常用というだけあって、わかりやすい場所にそのボタンはあった。 問題はこのボタンを押すべきか、押すならいつ押すのかって事だよな……。 「どこかに線路を照らす照明のボタンはありませんか?」 コンソールの中にそれらしいものは……だめだ、わからん。 「適当に押してみればいいじゃない」 焦れてきたのかハルヒが口を出してくる。 あのなぁ……壊れたらどうするんだ? 「非常ブレーキはわかってるんでしょ?じゃあ他のボタンは押しても大丈夫よ。非常ブレーキを2つもつけたりしないだろうし、 押したら壊れるボタンなんて簡単に押せる場所にあるはずないわ」 む、説得力があるな……。 「言われてみるとそうですね」 古泉はさっそく適当にスイッチを入れていく、すると運転席が明るくなったり車内のエアコンが動き出したりしはじめた。 俺もやってみるか。 さっそく俺が手近な所にあった紐を引いてみると、プワーン! という警笛がトンネルの中を埋め尽くした。 「きゃあ!」 「バカキョン!」 ん? 今、ハルヒの怒声に混じって聞こえたのは……。 「今のみくるちゃん?」 「ち、違います!」 驚いた顔で朝比奈さんが首を振る、でも今のは確かに女の子の声だった。 長門か? 「なわけないでしょう」 即答でハルヒに否定された。 一応長門の顔を見てみたが、さっきの悲鳴とその顔はどうしても結びつかなかった。 「僕の真上から今の声は聞こえましたよ」 古泉は運転席の真上を見ながら指差す、ということは……。 古泉の剣で電車の連結部のカバーを切り裂くと、車内に入り込む風はかなりのものだった。 これは俺と古泉で行くしかないな……。 朝比奈さんは運転席に居てください。いざと言う時には非常ブレーキをお願いします。 「はい」 大人しく朝比奈さんはうなずく、さて残りの2人はどうしたもんだろうか……。 俺の表情から何を言おうとしたのかわかったのだろう、 「あたしは行くわよ、このくらいは平気」 言うと思ったよ。 じゃあ俺と古泉が様子を見てくるから、それまで待ってろ。 「なんでよ!」 危ないからだ。 なんて言って聞く相手じゃないな……。 車内に朱雀が隠れてたら、誰が朝比奈さんを守るんだ? 「有希が居るわ。有希、みくるちゃんを頼むわよ」 イレイサー99を持った長門は、ハルヒを見てうなずいた。 ……仕方ない、3人で行くか。 一人ずつ順番に電車の上に上がり最後に武器を受け取って、俺達は声が聞こえた運転席の上を目指して進み始めた。 「気をつけてくださいね!」 武器を手渡しながら心配そうに見上げていた朝比奈さんの笑顔が、俺を勇気付けたのは言うまでも無い。 それにしても、外国映画のようにトンネルの中を走る電車の上を走るってのは人間には無理な話だな。 風に飛ばされないように伏せながら、少しずつ進むのが精一杯だ。片手には武器を持っているのでさらに動きにくい。 先頭に近づくと、車内から漏れた光で誰かがそこに座っているのが見えてくる。 「さやかさんですか!」 トンネルを走る地下鉄に負けないように叫ぶと、 「キョンさんですか? さやかです!」 すぐに返事は返ってきた。 すぐにそこまで行きます! それから数分かけて、ようやく俺達はさやかさんの元まで辿り着いた。 さやかさんを縛っていたロープを解く、見た感じ怪我はないようだが……。 大丈夫ですか? 怪我はないですか? 「はい、私は大丈夫です」 意外にも、さやかさんの声は元気そうだった。 いくらなんでもおかしい。 わざわざメッセンジャーを残し、ビルの地下まで誘導しておいてあっさり人質を返す……。 いったい朱雀は何を考えているんだ? 「とりあえず下に降りましょう、ここは危ないですから」 「キョン前!」 ハルヒの声に俺が急いで前を見ると、トンネルの出口なのだろう、小さな白い光が見えていてその光を遮るように赤い何かが そこに居る。 見覚えのある不自然な形に燃える炎。 朱雀。 待ち伏せしてやがったのか! トンネルの中じゃ逃げ場はないし、ここで非常ブレーキを押してもバイクまで走って戻っている時間なんてない。 「ここで戦うしかないわ!」 ハルヒは中腰で嬉しそうにバルカン砲を構えるが、バリアはまだ無効化できていないんだ。 長門! 聞こえるか? 俺は下にいるはずの長門に向かって叫んだ。 見えてるか? 前方に朱雀が居るんだ! 聞こえてたらイレイサー99を使ってくれ! 果たして俺の声は届いたのだろうか? というか、イレイサー99ってのは射程距離はどのくらいあるんだろうか? 俺が不安になり、もう一度叫ぼうか迷っていると、耳を劈くような轟音を立てて青白い光がトンネルを一瞬で埋めた。 圧力を感じるほどに音と光が溢れて、耐えられず俺は目を閉じる。 何秒ほどそうしていただろうか? 急に風圧が弱まって、広い空間に出た気配がする。 俺が恐る恐る目を開けると視界には廃墟の街が広がっていて、すでに電車は地下鉄のトンネルを抜けていた。 いつの間にか昇っていた太陽によって、廃墟の町は朝焼けに照らされている。 朱雀は……まさか撥ねてしまったのか? それならそれでもいいんだが。 俺は火の鳥の姿を探して回りを見回したが、それらしい姿はどこにも見えない。 崩れたビル、驚いた顔のさやかさん、壊れた橋、何故か仁王立ちで笑顔のハルヒ、溶けたアスファルト、俺と同じように回りを 見回している古泉、大きな鳥、灰色の空、どこまでも続く線路……。 ――大きな鳥? もう一度見直してみると、ふらふらと飛んでいるのは炎こそ消えてしまったが灰色の空を旋回する朱雀の姿だった。 小さな金属音を立てて、ハルヒの持つバルカン砲の安全装置が外れる。 「さやかちゃん。お兄さんの仇、とってあげるからね」 ハルヒが空を舞う朱雀に照準を合わせる。 「え、仇って……あ」 さやかさんは、ハルヒの額に巻かれた赤い鉢巻に気づいたようだ。 そのまま何も言わずにじっとハルヒの顔を見ている。 朱雀が方向を修正し、こちらにまっすぐ向かってくるのを見てからハルヒは引き金を引いた。耳を塞ぎたくなるような轟音、そして バルカン砲から次々と雨のように銃弾が打ち出され、廃莢が電車の上を跳ね回る。武器でありバリアでもあった炎を失った朱雀は 鉄の塊に次々と打ち抜かれ、俺達に近づくことも出来ないまま落下していく。 ――自らの世界を壊そうとした最強の四天王、朱雀の最後はそんなあっけないものだった。 乾いた風が線路の上を吹き抜ける。 レールの間を歩く足音は二つ、一つは俺でもう一つは なんでお前が来たんだ? 「別に。いいじゃない」 ハルヒだった。 あの後、電車を止めたものの塔まで戻る方法もなく、仕方なくバイクを取りに線路を戻っている所だ。 ご都合主義って奴が使える漫画の中ならボスを倒した俺達はもう塔の前に居てもいいと思うんだが、現実って奴は意外と厳しい。 だからといって全員で取りに戻っても仕方ないから、 「キョン、バイク取りに行ってきて」 と、言われたのはいつもの事だったからまあいい。 長門や朝比奈さんにこんな事は頼めないし、となれば俺と古泉しかいないだろう。2人で2台持ち帰れば、地下鉄まで2往復で済む。 そう考えた俺は古泉に声をかけようと思ったのだが、 「私も行くから」 意外にもハルヒはこの面倒な役割に立候補した。 もしかして、さやかさんに色々聞かれるのが辛いからその場を離れたかったのだろうか?とも考えたが何か違う気がするんだよな。 ハルヒはレールの上で器用にバランスを取りながら、俺の前をのんびりと歩いている。 なんというか……都市世界に来てからのハルヒは大人しいな。 「ねえ」 前を見たままハルヒが聞いてきた。 ん。 「なんか……あんた都市世界に来てから変じゃない?」 おいおい、変なのはお前だろ?と、言いたいが……俺も変なのか? そうか? 「そうよ」 レールから降りて、足元の石を蹴りながらハルヒはつまらなそうにそう言った。 どこが変なんだ? ここで会話が途切れるのもなんなので聞いてみたのだが、 「なんか……やっぱなんでもない」 それっきり、ハルヒは地下鉄のトンネルに入るまで何も喋らなかった。 「真っ暗……」 トンネルだからな、足元に気をつけろよ。 地下鉄のトンネルに入ってからは俺が先に歩くことになった。 入口付近は外からの明かりで多少明るかったが、すぐに真っ暗で自分の手元すら見えなくなる。 足の裏に感じるレールの敷板の感覚だけが全てだ。 光が無くなってすぐ、背中にハルヒの頭らしい物がぶつかってくる。 足を踏んでしまわないようにペースを変えて歩いていたんだが、どうやらハルヒが躓いたらしいな。 「ちょっとキョン、なんであんたは普通に歩けるのよ!」 ん? ああ、ちょっとしたコツがあるんだよ。 夏休みのたびに田舎へ行っている俺だが、幼少期の頃にそこでみつけた廃線になったトンネルは格好の遊び場だった。 真っ暗なトンネルの向こうには人気の無い林が広がっていて、まるで別の世界に来てしまったような気がした俺はそのトンネルを 自分だけの秘密の場所にした。 そういえばもう何年も行ってないな……。 来年はあの場所を妹にでも教えてやるとしよう、あれは子供だけの場所だ。 「どんなコツなの?」 夏の匂いがする記憶の中から呼び戻される。 ん~……でもこれは男にしか理解できない感覚な気もするんだよな。 言語では概念を説明出来ない。 長門風に言えばそんな感じだ。 「何よそれ」 俺の背中にハルヒの手が当たる、手はそのまま横にずれて服の端を掴んで落ち着いたようだ。 怖いなら手を握ってやろうか? 「バカ」 まあ、そう答えるとは思ったさ。 それに手を繋いで縦に並んで歩くのはかなり難しい。 ハルヒ。 「何よ?」 レールが左に少し曲がっていくから気をつけろ。 転んだら怪我するぞ。俺は過去にした。 「え、嘘。あ、うんわかった」 地下鉄のホームまで後どのくらいあるんだろうな。 走るって訳にはいかないから、のんびり行くしかないが。 「ねえ、キョン」 ん? 暗闇の中では会話くらいしかする事がない。 「このゲームって後は、阿修羅ってラスボスを倒して終わりなのよね」 そうらしいな。 倒せればいいんだがな、倒せずに全滅して終わりじゃない事を祈ろう。 「そっか……長かった気もするけど、あっという間だった気もするわ」 そうだな。 都市世界は長かったが、それでもまだゲームを始めて5時間くらいしか経っていないはずだ。 「私ね? 自分が不思議な世界に憧れてると思ってた」 そうだと思ってたよ。 公言もしてたしな。 「でもね、このゲームの中でいっぱい冒険してるのに……なんか違うのよね」 そうか? 「うん。今までずっと求めてた物の一つはこんな世界、それは間違いないのよ。でも何かが違う……そんな感じ」 楽しそうなのに、時々変にいらいらしてたのはそのせいか。 これがゲームで、現実じゃないからじゃないか? お前にとっては、だが。 「そうなのかな……うん、そうかも」 不思議な世界なんて実はこんな程度しか面白くないんだよ、そう言ってしまった方がよかったんだろうか? もしもその言葉をハルヒが納得してしまえば、元の世界に戻っても不思議を求めて暴走する事もなくなったのかもしれない。 ハルヒが大人の階段を登るチャンス、だったのかもな。 でも俺はこれがゲームだから、と誤魔化してしまった。 俺はハルヒが今まで望んできた物を、こんな形で価値の無い物にしたくなかったんだ。 ゲームには製作者が決めた結末があるけれど、現実には予測された結末なんて無い。 だから面白い、そうだろ? 「あ、見えてきた!」 実は目を閉じて歩いていた俺も目を開けてみると、遠くにホームの照明が見えていた。 どのくらい歩いていたのか思い出せない、暗闇だと時間の感覚がなくなるってのは本当だな。 「キョン」 ん? 「あんたはどうなの?」 主語がないぞ。 何がだ。 「あんたは楽しい? このゲーム」 ……空中世界までは楽しかったさ。 ……それなりにな。でも総長は助けたかったし酒場のみんなの事も悔いが残ってる……。 「そうね……ゲームだから、なんて割り切れなかったわ」 そうだな。 しかも朝比奈さんによればここは未来の世界、つまり俺達の世界はいつか本当に朱雀に襲われて壊滅するって事だ。 それは何年先の事なのかわからない、俺が生きている間の事なのかどうかすらな。 もしも、だ。 俺達がこうしてSOS団として活動を続けている間に朱雀が現れたら、ハルヒはどうするだろうか? 朱雀の名前も、東京が壊滅する事もゲームの出来事とはいえハルヒは知ってしまっている。 そうなれば現実世界でも朱雀を倒しに……あ、行かないのか? もしも現実でも朱雀に挑んでいくのなら、俺達とどこかであってるだろうから、やはりこの世界は俺達が過ごしている時代よりも ずっと先の事になるのか? 駄目だ、混乱してきた。 こんな面倒な事は後で古泉にでも押し付ければいいか。 「みんなきっと待ちくたびれてるわね、急ぎましょ」 光に向かって走っていくハルヒを見て小さくため息をつき、俺も追いかけて走り始めた。 俺達がバイクで電車まで戻ると、そこには暴走族の生き残りがすでに集まってきていた。 さやかさんを中心に泣いたり笑ったりしている。あ、朝比奈さんも泣いてる。 「なんだ、バイク取りに行かなくてもよかったのね」 まあ移動手段としてはな。 でもお前のバイクは総長さんの遺品でもあるんだから意味はあったと思うぜ? 「あ、涼宮さん! これをどうぞ」 さやかさんが赤く光る石を差し出してくる。 「これってクリスタル?」 さっそく手にとって日にかざし、赤い光がハルヒの顔を照らしている。 「はい、朱雀のそばに落ちていたそうです」 あぶないあぶない、朱雀を倒して完全に終わりだと思ってたよ。 俺達はクリスタルを手に入れるために来たんだったな。 「ありがと、遠慮なく頂くわ……。代わりにはい、これ」 ハルヒは総長さんが外した時と同じように片手で鉢巻を外し、さやかさんに手渡した。 さやかさんは鉢巻を受け取り、懐かしそうな目でじっと見ている。 「で、どうする?」 吹っ切れたように明るい声でハルヒが聞きはじめた。 「え?何がですか?」 心当たりの無いさやかさんはおどおどしているが、 「私達と一緒に行く? それともここに残る?」 ああ、その話か。 総長さんは、朱雀を倒せなかったら一緒に連れて行ってやってくれって言ってたが……。 「……残ります」 きっぱりと、さやかさんは言い切った。 「本当にいいの? まだまだこの世界は危険よ~?」 さやかさんの顔を覗き込みながらハルヒは食い下がったが、さやかさんの表情に迷いは無かった。 「大丈夫! だって、私2代目総長だもん!! ね? みんな!」 さやかさんの声に合わせて暴走族のメンバーが歓声を上げる。 これならきっと大丈夫だな。 諦めろ、ハルヒ。 俺が言うまでも無く、雰囲気に呑まれたハルヒもさやかさんをお持ち帰りするのは諦めたらしい。 これで集まったクリスタルは4つ。 いよいよラスボスか……。 阿修羅……いったいどんな奴なんだろう? 世界の真ん中に立つ塔は 楽園に通じているという 遥かな楽園を夢見て 多くの者達が この塔の秘密に挑んで行った だが、彼らの運命を 知る者はない 涼宮ハルヒの欲望Ⅳ ~終わり~ 涼宮ハルヒの欲望Ⅴへ その他の作品
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【タイトル】 涼宮ハルヒの激奏 【場所】 会場:大宮ソニックシティ 大ホール 住所:埼玉県さいたま市大宮区桜木町1-7-5 交通:大宮駅西口徒歩3分 【日時】 2007年3月18日(日) 客席開場:15:00/開演:16:00/終演:20:00(予定) ※ロビー開場(物販開始)は12:00を予定 ※12:00~15:00まで物販会場はフリー入場可能 【出演者】 平野綾(涼宮ハルヒ)、茅原実里(長門有希)、後藤邑子(朝比奈みくる) 杉田智和(キョン)、小野大輔(古泉一樹)、松岡由貴(鶴屋さん) 桑谷夏子(朝倉涼子)、白鳥由里(喜緑江美里)、あおきさやか(キョンの妹) 白石稔(谷口)、松元恵(国木田)※敬称略 【内容】 前半:イベントパート 後半:ライブパート 【チケット】 チケット料金:4500円(全席指定・消費税込) 先行発売/発売日:2007年1月20日(土) 取扱店:アニメイト大宮店・町田店・吉祥寺店・渋谷店・横浜店 アニメイト通信販売 アニメイトTV通信販売 一般販売/発売日:2007年1月27日(土) 取扱店:ローソンチケット(Lコード:37619) チケットぴあ(Pコード:608-588) ※チケットは全て完売いたしました。ありがとうございました。 主催: SOS団 協力: ザ・スニーカー、スニーカー文庫、少年エース 協賛: 角川書店、ランティス、キャラアニ、グッドスマイルカンパニー、バンダイ、 ドワンゴ、アトリエ彩、エポック社、コナミデジタルエンタテインメント、オリゴクレース 企画: 北高祭事務局 制作: ムービックプロモートサービス 【お問合せ】 ムービックプロモートサービス TEL:03(3530)1461【平日(土日祝を除く)10時~17時】 【その他】 会場ではイベントオリジナルグッズなどの販売を予定 イベントの模様を収録したDVDを後日発売予定 ※ご来場のお客様がDVDの映像に映り込む可能性がありますのでご了承ください
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涼宮ハルヒの憂鬱3 2008年3月発売 630円 発売元:株式会社 バンダイ ラインナップ 名前 涼宮ハルヒ(ゴスロリVer.) 長門有希(アリスVer.) 朝比奈みくる(青メイド服Ver.) 朝比奈みくる(青メイド服眼鏡Ver.) 鶴屋さん(イエローバニーVer.) 鶴屋さん(ピンクバニーVer.) 鶴屋さん(ブルーバニーVer.) その他 名前 コメント
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ハルヒ「宇宙人っていると思う?」 キョン「禁則事項です」 ハルヒ「・・・・・・」 キョン「すまん、言ってみたかったんだ」 ハルヒ「・・・・・」 キョン「長門にはコスプレさせないのか?」 ハルヒ「あら、みたいの?じゃあ選んで」 キョン「あ、いや別にそこまで見たいわけじゃないんだ」 ハルヒ「そう・・・・・」 ハルヒ「ねえキョン! 今度の日曜日卓球のダブr」 キョン「断る」 ハルヒ「今から連sy」 キョン「断る」 ハルヒ「な、何よ……もういい! あんたなんかに頼んだ私がバカだったわ。みくr」 みくる「断る」 ハルヒ「k」 古泉「断る」 ハルヒ「…………」 長門「…………」 ハルヒ「…………」 長門「……一緒に出る?」 ハルヒ「断る」 ハルヒ「有希であいうえお作文しまーす!」 ハルヒ「な!夏でもCOOL!」 ハルヒ「が!学校でもCOOL!」 ハルヒ「と!とにかくCOOL!」 ハルヒ「ゆ!融通が利かないけどCOOL」 ハルヒ「き!キョンにはHOT!」 ハルヒ「…何だろう…この空しさ…」 キョン「スレタイ変えたほうが良いんじゃないのか?」 長門「代案の提案を希望する」 キョン「・・・・キョンと愉快な長門達」 長門「・・・・・・」 キョン「スマン聞かなかったことにしてくれ」 長門「・・・・・・長門と801なキョン達」 キョン「・・・・・」 長門「・・・・・ゆずれない」 キョン「・・・・・」 長門「・・・・・」 ハルヒ「ハルヒとy」 キョン「やはり今のままでいいな」 長門「コクリ」 ハルヒ「(´・ω・`)」 小泉「ハルヒさん、あなたにあきれて ほかの人は帰ってしまいましたよ。」 ハルヒ「待ちなさいよ、何にあきれたわけ?」 小泉「・・・その服、どっからどう見ても 裸ですよ。」 ハルヒ「・・・・・!!」 女子A B「きんもぉ」 谷口「キョン、放課後遊びに行こうぜ」 国木田「谷口がゲーセン行こうってきかないんだよ」 ハルヒ「何言ってるの!キョンは今日もSOSだ キョン「おういいぜ」 谷口「おっしゃ!今日こそ勝たせてもらうぜ!!」 国木田「谷口ゲーム弱いのに好きだよねー。」 キョン「まったくだ。今日も賭けのジュースはいただいたも同然だな」 ハルヒ「ちょっとキョン何勝手に話進めてんのよ!ちゃんとあたしの キョン「なんかうるせー幻聴聞こえるから早く行こうぜ」 ハルヒ「………」 ハルヒ「みくるちゃん、お茶入れて」 キョン「あ、俺にもお願いします」 みくる「はぁい」 みくる「どうぞキョン君」 キョン「ありがとうございます」 ハルヒ「あれみくるちゃん、私にh」 みくる「今回はおいしく入れれたんですよ」 キョン「いつも通りおいしいですよ」 ハルヒ「・・・・」 長門「(パタン)」 ハルヒ「あっ、もうこんな時間になったのね。今日の活動終わり!解散!」 キョン「なあハルヒ、ちょっと話があるから部室に残っててくれないか」 ハルヒ「な、なによ、みんなの前じゃ言えないような話?」 キョン「ああ」 ハルヒ「わ、わかったわよ」 … …… ……… キョン「ただいまー」 妹「キョンくんおかえりー」 キョン「腹減ったー」 ハルヒ「遅いなキョン…」 ハルヒ「暇ねえ~、まったくなにかおもしろいことはないのかしら」 キョン「チェックメイトだ」 古泉「おやおや、また僕の負けですか」 ハルヒ「ちょっとあんたたち無視してんじゃないわよ! そうね、暇だからしりとりでもしましょう。 じゃあ私からいくわよ!しりとりで『り』よ!」 キョン「…………」 古泉「…………」 みくる「…………」 長門「…………」 ハルヒ「ちょっと、誰でもいいから答えなさいよ! もういいわ、キョンあんたでいいから答えなさい」 キョン「…りぼん」 ハルヒ「…………ハ、アハハハッ『ん』が付いたわ、キョンの負けね! もう、まったく馬鹿なんだから。 じゃあ、もう一度ね次はもっと長くしなさいよ!」 古泉「キョン君もう一戦やりましょうか。次は負けませんよ」 キョン「いいぞ。何度やっても同じだろうがな」 ハルヒ「ちょっと!」 ハルヒ「続き…」 ハルヒ「なによ……」 ハルヒ「…………」 みくる「あ、みなさんケーキ食べます?」 ハルヒ「え?ケーキなんてあるの?ひとつちょうだい」 みくる「フフフ、涼宮さん面白い」 ハルヒ「え?なんで?」 みくる「だって涼宮さんにあげるケーキある訳ないじゃないですか」 ハルヒ「どうゆういm」 キョン「ひとついただけますか?」 みくる「はい、ただいま」 ハルヒ「・・・・・・」 金曜日の部室 ハルヒ「じゃあ皆、明日9時だからね」 みくる「すいません涼宮さん私用事があるので・・」 ハルヒ「あらそうなの?、じゃあ4人で行きましょ」 キョン「すまんハルヒ、俺も朝比奈さんと用事があるんだ」 ハルヒ「え?ふたりで一緒n」 古泉「すいません、僕も朝比奈さんと彼と一緒に町内不思議探しパトロールしなくては」 ハルヒ「え?だから皆で行けばいいじゃない?・・・・ねえ有希?」 長門「まだわからないの?、一緒に居たくないんだよ!!」 ハルヒ「いつもとキャラ違っ」 キョン「じゃあなハルヒ、明日来んなよ」 ハルヒ「・・・・・・・うぐっ」 ハルヒ「今日の会議についてだけど・・・。」 「プゥッ。(おなら)」 みくる「いやぁぁあ!臭い!」 長門「ッ・・・!」 長門は手をくちに押さえたまま倒れこんだ。 小泉「なんてことだ!!学校中が・・・!」 キョン「長門を病院に!」 小泉「はい!」 みくる「・・・・・」 小泉「だめです!みくるさんも!!」 ハルヒ「うう・・・み、みんな、その・・・」 「ブゥウウウ~・・・」 キョン「お、ごっぷ・・・・・・」 バタッ 小泉「・・キョン君!!!!しっかり・・・くそっ!!」 先生「だめです校長!生徒たちが・・・!!」 小泉「オーアァー!!」 ハルヒ「嘘よ・・・こんなの・・・」 女子A「たすけ・・て・・・ハルヒ・・・さん・・・」 ハルヒ「いや・・・・やぁぁああ!」 キョン「寝言うぜぇんだよ」 小泉「今は16時ですよ。寝る時間ではありません。」 みくる「えいっ」 みくる は窓から突き落とした。 私は・・・・・死んだ・・・・ キョン「はははwwみろよ、鼻血が舌にたれてるぜwwくはははは!!」 小泉「おやおやww写真をとりましょうか、記念ですww」 みくる「最高ですー♪」 一同「豚は 死ね!」 高校に入り折角、SOS団を作ったのに誰も来ない。 結成時に入部させたキョンも有希もみくるちゃんも初日以外姿を見せない。 今日も、私はこの元文芸部の部室で開くはずもない扉を見る日々を過ごさなくてはいけないのだろうか。 ガチャ ハルヒ「っ!キョン!?」 扉を開けて入ってきたのは、数名の教師だった。 ハンドボールバカの岡部もいる。 ハルヒ「ちょっと何の用よ?」 教師A「文芸部の部室を無断で占拠しているという報せをうけた」 教師B「まったく同好会にもなっていないくせに勝手なことをしおって」 岡部「とにかく指導室まで来い。それに、うちのクラスの***と 2年の朝比奈がお前に強制的に入部させられたという報せもけたぞ。 なに考えているんだ?」 その後、あたしは指導室で親父と母さんまで呼ばれて、たっぷりと説教をうけた。 部室も没収され、SOS団も解散。 そうして、私は再び世界に絶望した ハルヒ「マッガーレ鼻メガアアアアネ~」 ハルヒ「(´;ω;`)」 キョン「なあハルヒ、大切な話があるんだ。」 ハルヒ「な、なによ///」 キョン「おまえ、シュールストレミング臭いぞ」 補足 シュールストレミングとは、腐ったニシンの缶詰です キョン「ハルヒ、お前ん家教えてくれ」 ハルヒ「なによ、急に・・・・まあ教えてあげてもいいけど・・・・」 キョン「じゃあ一緒に帰ろうぜ」 ハルヒ「こっちよ、ついてきなさい」 キョン「へー、これか」(明日からポストにいたずら手紙詰め込んでやる」 次の日 ハルヒ「あれ?いっぱい手紙来てる」ビリッ ハルヒ「・・・・・・・・・」 キョン「なあハルヒ、俺の弁当食わないか?」 ハルヒ「あんたの弁当なんて食いもんじゃないわ!」 キョン「そうか、じゃあ長門、食うか?」 ………コクッ 長門「・・・美味しい」 ハルヒ「や、やっぱり食べる」 キョン「へ?」 ハルヒ「食べるって言ってんの!早くだしなさい!!」 キョン「そうか」 ハルヒ「あら、美味しいじゃない!これならいくらでも食べれるわ!」 キョン「そうか、じゃあ吐くまで食ってくれ」 ドサッ ハルヒ「え、ちょっとキョン、それじょうだ・・キャァ」 ……………………………… …放課後 みくる「こんにち、、、うわぁ、涼宮さん、くさいですぅ」 長門「・・・臭い」 古泉「これは・・・ひどいですね」 鶴屋「めがっさくさいさ、キョンくんかえるにょろ」 ハルヒ「・・・・・・・・・」 ハルヒ「ふっふっふっ、出来たわ。改心の出来よ! この手作り弁当でキョンのハートは頂いたも同然ね」 ―――― 昼休み キョン「やっと昼休みか。おい、谷口飯食おうぜ」 ハルヒ「待ちなさいキョン!」 キョン「あん?なんだやかましいぞハルヒ」 ハルヒ「うるさいわね。それより今日はこの団長様がわざわざ、 いつも貧相な顔をしている団員のために弁当を用意してあげたわ」 キョン「は?弁当?」 ハルヒ「そうよコレよ。さあ、今まで生きていたことに感謝しながら食べなさい」 キョン「馬鹿かお前は。俺は自分用の弁当があるからそんな重箱一杯の弁当なんか食えるか」 ハルヒ「え、キョン!?」 その時、1年5組に弁当を手にしたみくると長門が入ってきた。 みくる「あのキョン君。今日ちょっとお弁当多く作りすぎちゃったので よかったらいかがですか?」 長門「…作ってきた」 ハルヒ「ちょっ、あんたたt」 キョン「ありがとう朝比奈さん、長門。喜んで食べさせてもらいます。 部室ででも、一緒に食べませんか」 ハルヒ「え?ちょっと、キョン…」 キョン「なんだハルヒ、まだいたのか?早くしないと学食席なくなるぞ。 さあ、いきましょう朝比奈さん、長門」 そうして3人はハルヒを残して部室へと向かった。 ハルヒ「そんな…なんでよ私だけ……キョンの馬鹿…」 ハルヒ「キョン、飲み物買ってきなさい。」 キョン「へいへい、行って来ますよ。」 ハルヒ「え…やけに素直ね?」 古泉「僕もご一緒しますよ。」 みくる「私も行きます~。」 長門「…。(テテテ…)」 ハルヒ「…え…。」 ハルヒ「…。(ぽつん)」 ハルヒ「…。」 ハルヒ「…早く戻って来なさいよぉ…。」 ハルヒ「キョン、もうすぐ夏休みよ、今年は一日も無駄にしないで遊びまくるわよ!」 キョン「ハルヒ、俺はおまえと遊ぶつもりはないぜ」 ハルヒ「えっ、そんな…」 キョン「まあ、どうしても遊びたいなら、ポニーテールにして来いよ!」 キョン「なぁハルヒ夏合宿しろよ」 ハルヒ「な…いきなり何言ってんのよ!どうせあたしの水着s」 キョン「黙れよ…お前がいるとうざくて部室に来れないだろうが。 夏休みなんだから学校に来なくても別にかまわないだろ? 古泉と谷口でゲームを徹夜漬けする予定何だからお前がいると邪魔なんだよマジで。 お前みたいな女マジでうざいんだからとっとと富士の樹海にでも行ってろよ。」 ハルヒ「……」 ハルヒ「みくるちゃん今日はこれ着てみよっか~?」 みくる「くっ臭い、生理くさいですぅ」 ハルヒ「…」 ハルヒ「うほっ!いい男」 キョン「誰もお前となんかやりたくねーよ」 ハルヒ「・・・・」 ハルヒ 「ちょっとキョン! あたしのプリン食べたでしょ?!」 キョン 「知らんな」 朝比奈さん 「えっ・・・・私? 食べてないけど・・・・」 古泉くん 「僕も食べてませんけど?」 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしの昔の写真見たでしょ?」 キョン「ああ」(四年前の七夕の日に会ったことあるから知ってるけどな。) ハルヒ「ふん、でどうだった?」 キョン「別に、昔も今も変わらなず生意気だな」
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涼宮ハルヒの約束 part51-372~377、part52-40~50,54、part58-181,182 372 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 04 45 07 ID IbCCbANj0 初めて会う人は「初めまして」、そうでない人は「またお会いしましたね」、 どうも、「俺」です。 俺が何者かであるか知らん奴には 「涼宮ハルヒの並列」のページの最初の方を読んでいただくとしよう。 いやー、新刊が出ないと枕を濡らす日々が続いていた(大げさ)んですが、 近々新刊が出そうな雰囲気になってきたんで何よりです。 まさか、「涼宮ハルヒの並列」に込めた俺の熱烈ラブコールが原作者様に届いたとか!? (んな事ぁ無い) そんなわけで、この物語は「涼宮ハルヒの並列」で味を占めた筆者が 原作者様にエールを込めて贈る一大スペクタクルである。 プロローグ それは、初夏の日差し眩しい、ある日曜日のことだった。 市内の「不思議探索パトロール」、本日は記念すべき第二回目である。 例によってせっかくの休みを一日潰してあてどもなくそこらをウロウロするという企画なのだが、 どういう偶然だろう、朝比奈さんと長門と古泉が直前になって欠席すると言い出し、 俺は今、駅の改札口で一人、ハルヒを待っている。 俺は腕時計に目をやった。集合時間まではあと30分もある。 こんなに早く俺がやってきたのは、遅刻の有無に関わらず最後に来た者は 皆に奢るという定めがSOS団にあるからで、他意はない。 参加人数は二人なので、これでハルヒの奢りは確定である。 今日はハルヒに色々なことを話してやりたいと思う。 数々のネタが頭に浮かんだが、まあ、結局のところ、最初に話すことは決まっているのだ。 そう、まず、宇宙人と未来人と超能力者について話してやろうと俺は思っている。 程なく憮然とした様子でハルヒはやって来て、俺たちはいつもの喫茶店に入った。 「二回目にしてこれじゃ、SOS団の前途が危ぶまれるってものよ。 次からSOS団の会合は、何があっても絶対欠席禁止よ。 SOS団は必ず全員集合!いいわね、キョン」 て、唯一の出席者である俺に言っても意味無いだろ、と言ってやるかどうか迷っているうちに、 注文したものがテーブルに運ばれてきた。 ハルヒは無言でカフェラテのカップを口に運んでいる。 何も話さないときのこいつは、正直、この国の女子高生としてはかなりかわいい部類に入るだろう。 このまま止め絵にして見つめていられるならそうしたい。 だが、そんなゲームにおけるイベントスチルのような都合のいいことができるわけもなく、 このまま放っておくと再び喋り始めるだろうから、 先に俺が話を振ることにする。 373 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 04 46 14 ID IbCCbANj0 「なあハルヒ、重要な話があるんだが、聞いてくれ。 聞いて喜べ、あの長門有希はなんと宇宙人なんだ」 「へぇ、あの有希が……」 「実はな、朝比奈さんは未来人なんだ」 「なるほどねぇ。みくるちゃんが……」 「驚いたことに、古泉は超能力者なんだ」 「ふぅん。古泉くんが……」 沈黙すること数秒。 「ふざけんなっ!」 ハルヒは叫んだ。まぁ、そう言いたい気持ちもよくわかる。 俺だって同じことを誰かに言われたら、同じ反応をするだろう。 「キョン、よーく聞きなさい。宇宙人、未来人、超能力者なんてのはね、 すぐそこら辺に転がってなんかいないのよ。選んできた団員が全員そんなのだなんて、 あるわけないじゃない!」 かくして、俺が思い切って言ってやった厳然たる真実は冗談と決め付けられ、 挙句の果てにハルヒは財布を忘れたとかで喫茶店の払いは俺がすることになってしまった。 後から考えると、あの一件は、 もしかしたらここでの会話がきっかけだったかも知れない、という気もする。 それが起こったのは、喫茶店での会話から五ヶ月を経て、文化祭を翌日に控えた、 暦の上ではとっくに秋だというのにまるで夏のようにじっとりと暑い、そんな日だった。 374 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 04 48 38 ID IbCCbANj0 第一章 今日は文化祭の前日。俺はとある珍妙な映像作品を文化祭で公開すべく、 昨日から夜を徹して部室のパソコンに向かい、編集作業に取り組んでいた。 しかし、いつの間にか睡魔に撃沈されてしまったらしく、結果、こうして むさくるしい部室で冴えない朝を迎えたわけだ。 部室の外へ出る。ん?今、小学生くらいの女の子が走っていったように見えたが、気のせいか? たぶん気のせいだろう。俺は顔を洗って頭をすっきりさせた後、 購買部に行きメロンパンとコーヒー牛乳を調達し、広場に行ってそれを食った。 そこへ、ファンタジー小説から飛び出してきた吟遊詩人のような格好の古泉が通りかかった。 古泉がそんな格好をしているのは、彼のクラスの出し物である演劇で、 何とかという舌を噛みそうな役を演じるからであって、断じてコスプレなどではない。 少し話をしたあと、これから通し稽古があるなどと言って古泉は去っていった。 朝飯を食い終わった後部室に戻ると、そこでは長門がいつものように分厚い本を広げていた。 今、長門は映画の撮影で着ていた悪い魔女の衣装を身に着けている。 これもクラスの出し物である占いの館で、長門が占い師をやるからだった。 そろそろ編集作業を再開するかと思っていたところ、長門は 「まだ時間はある」 と俺に言った。確かに、映画は明日の朝までに完成させればいいし、そう考えるとまだ時間がある。 後から考えると、長門なりに精一杯俺にヒントを出していてくれていたのだが、 そのときの俺はその言葉を「もっとノンビリしろ」という風に解釈し、よって午前中は 校内を散策しつつノンビリすることにしたのだった。 「おかえりなさい。今、お茶を淹れますね」 部室に戻った俺を出迎えたのは、我らが天使、メイド服姿の朝比奈さんである。 程なくして、 「みくるちゃん、お待たせ!焼き上がったわよっ!」 俺と朝比奈さんとの心地良い空間に土足で踏み込んできたのは、ハルヒだった。 「ほら、キョン、受け取りなさい」 ハルヒが差し出したそれはCD-Rであった。 朝比奈さんが歌ったという、映画の主題歌「恋のミクル伝説」がその中に焼き込まれているらしい。 ハルヒと朝比奈さんが部室を出て行った後、こっそり聴いてみる。 聴いた事がないという読者諸兄は一度聞いてみてほしい。 ある意味ですごいモノなのである。 この歌をどうやって映画に組み込むのか、俺は大いに頭を悩ませることとなった。 編集作業もろくに進んでないというのに。 375 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 04 50 12 ID IbCCbANj0 日も傾いてきた頃、いきなり部室のドアが開けられた。 「やあやあ、キョンくん!」 いつものハイテンションで俺の前に現れたのは鶴屋さんだった。 説明しよう。鶴屋さんは朝比奈さんのクラスメイトで、今回の映画制作でもお世話になった人である。 「実はさっき玄関で、キョンくんに会いに来たって言う人に会ったのさっ!さあ、入っといでっ!」 鶴屋さんの後ろからひょっこり顔を出したのは我が妹だった。 「キョンくん、やっと見ぃつけたぁっ!」 妹から俺の着替えと、母親からの差し入れだというおにぎりが入った容器を受け取った。 「ねえねえキョンくん、シャミはー?」 妹が言うシャミとは、シャミセンのことだ。 シャミセンは成り行きでうちで預かることになった猫である。 三毛猫なのにオスだという、それだけでも非常に珍しいのだが、 それよりももっと稀有なのは、彼が人語を解し、自らも話すことが出来るということだろう。 シャミセンがそんなスーパーキャットになってしまったのは、もちろんハルヒのせいなのだが。 登校するとき、俺はシャミセンを連れ出して、学校の近くで放しておいたが…… どこへ行ったんだ? 「シャミ、あたしが連れて帰るぅ!ねぇ、シャミ、どこ?」 妹はシャミセンに執拗にこだわっていたが、行方がわからんのでは致し方ない。 それより、そろそろ暗くなるから家に帰った方がいいんじゃないのか? 「あ、それなんだけど、妹ちゃん、あたしが家まで送って行こうか?」 鶴屋さんは、一度家に帰る用事があるというのでそんなことを言い出した。 そんな鶴屋さんのお言葉に甘えさせてもらうことにして、 校門を出て行く妹と鶴屋さんを見送る俺だった。 「行ったようだな。正直な話、ここに留まらせてくれたことを感謝している」 こいつがシャミセンだ。まったく、計ったようなタイミングで出てきやがる。 シャミセンは、普通の猫のフリをしなくちゃいけない我が家より、 自由に振舞えるここの方がいい、ってなことをのたまいつつ、グラウンドの方へと消えていった。 すっかり夜になった。俺は部室に戻って編集作業に勤しんでいたが、 いつしか睡魔に負けてしまっていた。 376 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 04 51 30 ID IbCCbANj0 第二章 今日は文化祭の前日。俺は部室で目を覚ました。そうか、編集作業の途中で眠ってしまったんだな。 部室の外へ出る。ん?今、小学生くらいの女の子が走っていったように見えたが……。 気になったので追いかけてみたが、見失ってしまった。 俺は顔を洗って頭をすっきりさせた後、購買部に行き朝飯を調達し、広場に行った。 そこへ、劇の衣装を着た古泉が通りかかった。 「あなたの朝食のメニューを当てて見せましょうか?メロンパンとコーヒー牛乳。違いますか?」 え?当たってるが、それがどうかしたか? 「なるほど。これで僕の仮説がひとつ、証明されました」 古泉は気になることを言いながら去っていった。 部室に戻って長門に会い、昼ごろになって「恋のミクル伝説」のCD-Rを渡される。 ん?前にもこんなことあったような……って気のせいか。 午後になり、ハルヒに見つからないところで昼寝でもしようかと、 ひと気の無いところを求め校内をさまよい、非常階段にやってきたところで古泉に会った。 「おや、こんなところにいらっしゃるということは、もうお手隙になられたのですか?」 だったらどんなに良かったか。そうだ、この際だから……。 「お前に聞こうと思ってたことがあるんだ。ハルヒの暴走を止める特効薬ってのはないのか?」 「なるほど、そういうことですか」 俺の質問に古泉はしばし考え込んだ。 「待て、何がなるほどなんだ」 「いえ、今の一言で、少々ひらめいたことがありましてね。 特効薬の件は、また改めてお話いたします」 そろそろ稽古に戻るというので古泉は教室に戻っていった。何のこっちゃ。 日が傾いてきて、そろそろ編集作業に本腰を入れなければマズいなと思いつつ、 俺は部室のドアを見つめていた。 朝から何度か感じている既視感、それが気のせいじゃなければ、 もうすぐあのドアを開けて鶴屋さんがやってくるはずだ。 「やあやあ、キョンくん!」 俺の予想はものの見事に当たっていた。妹から差し入れを受け取った後、 妹と鶴屋さんは騒がしく部室を出て行った。 377 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 04 55 41 ID IbCCbANj0 今度こそ本当に編集作業に勤しもうとした俺だったが、 何故か古泉、長門、朝比奈さんという非日常三人組に、屋上へと呼び出されることとなった。 もしかして、あの「特効薬」の件だろうか。 朝比奈さんや古泉は、今朝から何度も既視感みたいなものを感じているという。 こんなことが前にもあった、というあの感覚である。俺も今朝から感じている。もしかして……。 「わたしたちが同じ一日を繰り返しているから。今日で三回目」 長門にしてはわかりやすい説明だった。またそのパターンなのか。時間がループしているとかいう。 しかし三回目ってのはずいぶんと少ないな。 前回は八千回×二週間とか、実際の時間に換算すると気が遠くなるような回数だったが。 しかも、今回の状況は少々特殊だという。朝になると記憶のリセットが行われるわけだが、 それはごく弱いリセットなのだ。強く意識していれば記憶の維持が可能なほどに。 言い換えれば、文化祭前日が何度訪れようとも、誰もがそれを当然として受け止め、 少しもおかしいとは思わずに普通に過ごしている、ということだ。 さらに困ったことがある。俺たちは校内に閉じ込められたということだ。 皆で校門まで行く。そこから出ようとするのだが、見えない壁に阻まれてしまう。 閉鎖空間を自由に出入りできる古泉の能力をもってしても出ることはかなわない、 通常とは異なる性質の閉鎖空間。これを便宜上「閉鎖的閉鎖空間」と呼ぶことにする。 が、正直、この空間が何と呼ばれようが、どうでもいい。俺はただ、元の空間に戻りたい。それだけだ。 「とにかく、この閉鎖的閉鎖空間は涼宮さんが創造主であるわけですから、涼宮さんに働きかけることから始めましょう。 文化祭前日が繰り返してるということは、涼宮さんがこの日に何らかの未練を残していると考えるのが、最も自然です」 だから、ハルヒの未練を解消してやれって言うんだろ、古泉? 「そういうことです。今回もまた、あなたの力に期待することになりそうです」 ああ、わかった。出来る限りのことはやってみる。でないと、俺もあの映画を永遠に編集し続けることになってしまうからな。 部室に帰ろうとしたところで、妹を送っていくという鶴屋さんとバッタリ会った。 「キョンくんは編集、頑張るのだよっ!そんじゃっ!」 「じゃーねー、キョンくん。ばいばーい」 妹と鶴屋さんは校門を出て行った。二人を見送ってから気づいた。 学校から出られた、ってことは、鶴屋さんや妹は、閉鎖的閉鎖空間の影響下にはないらしい。 でも、あの二人にも文化祭前日は繰り返してるんだよな?よくわからん。 そんなことより、ハルヒの気持ちを文化祭当日に向けることが重要だ。 部室に戻った俺を待っていたのは、読書を決め込んでいる長門と、不機嫌そうなハルヒであった。 やがて古泉と朝比奈さんもやってきた。皆で差し入れのおにぎりを食べることになった。 食後、ハルヒはパソコンを立ち上げて、映画の編集済みの部分をチェックし始めた。 「ちょっとキョン!今朝見たときから、編集済みの部分、増えてないじゃない」 「すまん。今から徹夜でやる」 「そう。……ねぇキョン。今、編集済みの部分をざっと見て思ったんだけど、 なんていうか、こう、動きのあるシーンが意外に無いわね。 うーん、もっと突き抜けた感じが欲しいのよ。例えば、夏のギラギラした太陽の下で、 何かスポーツしてるとか。そうねぇ……野球ね!出来れば野球場を借りて撮りたいわね」 ちょっと待て。今さら、追加撮影なんて無理だぞ。明日はもう、文化祭なんだからな。 「そうよね」 ハルヒはその思いつきを渋々と断念し、その場は収まった。 しかし、ある予感、否、確信を覚えていたのは、俺だけではなかっただろう。 ハルヒの思いつきは、世界に何らかの影響を与えるに違いないと。 40 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 04 57 37 ID IbCCbANj0 第三章 そして、翌朝。 「……さん、起きてください」 目を開けると視界いっぱいに広がる古泉の顔。これ以上無いってくらいに最悪な目覚めだ。 それから古泉に屋上に連れて行かれた。そこで見たものは、かつてグラウンドであったところに 違和感なく収まっている、ハルヒご所望の野球場だった。 ハルヒ超監督の指揮により、野球場にて追加撮影が行われた。 撮影が終わった後は、一応編集作業をする。 その合間に、気分転換として校内をブラついたのだが…… 何だか、校内にいる生徒の人数が減っているような気がする。 夜、部室にやってきたハルヒは何だかご機嫌ななめである。 このままでは意味もなく怒られそうな気がするので、俺はハルヒに話しかけてみることにした。 「なぁハルヒ、追加撮影はもう必要ないよな?」 「そうねぇ。もう必要ないと思うわ」 「本当に、本当に、必要ないよな?」 「そこまで言うなら考えてみようかしら。そうだわ、『燃え』じゃなくて『萌え』が足りないのよ! 健康的な色気、それが必要なのよ!」 ハルヒは上機嫌で部室を出て行った。またハルヒの変な気を起こさせてしまった。 でも、健康的な色気ってどんなんだ?例えば、朝比奈さんの水着姿、 それこそは健康的な色気と呼べるのではないか? そんなことを考えながら眠りに落ちた。 第四章 いや、個人的な意見では、この日起こったことが、 野球場が出現するよりも悪いことなのかと問われれば、 そう悪くもなかったんじゃないかと思ったりもするのだが、 朝目を覚ますと、学校のプールは白く輝く砂浜へと変わっていた。 皆は水着に着替え、早速ビーチで追加撮影が始まった。 それが終わったあとは棒倒しやらビーチバレーやらで楽しく遊ぶ。 ちなみにSOS団のメンバー以外の人物は、もうこの閉鎖的閉鎖空間の中にはいないらしい。 日が暮れてからやっと編集作業に取り掛かった俺だったが、 やはり途中で睡魔に撃沈されてしまった。 41 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 04 59 18 ID IbCCbANj0 第五章 今日もやはり文化祭の前日であった。 窓を開けて確認してみたが、ビーチや野球場がいつの間にか元に戻っている、 なんてことは起きていなかった。 ハルヒは追加撮影するとは言い出さず、平穏に午前中が過ぎていった。 昼になって、古泉に非常階段へと呼び出された。 行ってみると、そこには朝比奈さんと長門もいた。 「さて、皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません。 今回の、この事態の解決についてです。 僕はいっそ、涼宮さんに、明日が来てほしくてたまらないと考えていただくように 仕向けてみようと思うのですが」 古泉がそんなことを言い、皆は賛同した。俺も異議はない。 「では、その誘導役ですが」 そこでなんで俺を見る? 「全会一致のようですね。それでは、実行は、夕方辺りに部室でということにしましょうか」 やれやれ、世界の命運を握っちまった。 俺は重い気持ちのまま、フラフラと野球場に来た。 「そのように思いつめた顔をしていると、転んでしまうぞ」 シャミセンだった。俺はシャミセンとしばらく話をした。いい気分転換になったような気がする。 夕方。俺はパソコンを操作しつつ、出来るだけさりげなくハルヒに話しかける。 「なぁハルヒ、例えば遠足の前の日とかって、寝付けない方か?」 「そうねぇ、小さい頃はそうだったかしら」 「じゃあ、例えばショートケーキのイチゴって、最後までとっておいたりとか?」 「うーん、何とも言えないわ。それがどうかしたの?」 いや、その……。どう言ったらいいものか。 「言いたいことはハッキリ言いなさい」 「いや、なんつーか、もしかしてお前、明日が来なきゃいいとか思ってたりしないか?」 言ってからマズイと思った。少々核心を突き過ぎた。 「キョン、あんた、映画を仕上げる気、ないでしょう? 完成を間近にして『明日が来なきゃいい』なんて、怠惰な発想だわ」 こちらの真意を知られたわけではないようなので、まずは一安心。 だがハルヒを不機嫌にしてしまったわけで。 「チラシ貼りに行って来るわ。キョン、編集進めときなさいよ!」 結局のところ、作戦は失敗だ。 42 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 05 01 05 ID IbCCbANj0 編集作業に没頭すること数時間。まったく、ハルヒはチラシ貼りにどこまで行ってるんだろうね? 「はかどってますか?」 やってきたのは朝比奈さんである。 朝比奈さんはこれから、体育館のシャワー室に行くのだという。 「キョンくんも一緒に行きませんか?」 なにっ?いつの間に俺はこんな素敵イベントのフラグ立てをしてしまったんだ? もちろん喜んでご一緒させてもらうことにした。 だが、そんな浮かれた気分も長くは持たなかった。 「なんじゃこりゃー!」 体育館は無惨にも崩壊していた。 第六章 「少々お話をよろしいでしょうか。緊急事態です」 いつものごとく部室で目覚めた俺に古泉は、神人の気配を感じていると言った。 しばらく後、長門が部室にやってきて読書を始めた。 「始まった。古泉一樹は神人と戦闘状態にある」 ふと顔を上げて長門が言う。 俺は部室を飛び出して、崩壊した体育館の前に行った。 そこで、古泉は小学生くらいの女の子とにらみ合っていた。 長い髪をリボンで留めている、かわいらしい女の子。 見覚えがある。いつか見かけて、追いかけたこともある子だ。 おい古泉、まさか、これって……? 「ご推察のとおり、彼女が『神人』です」 冗談にしちゃタチが悪いぞ。前に見たことあるが神人ってのは もっと巨大で不気味なモンじゃなかったのか? 「僕はいたって大真面目です。今回は少々特殊な事例のようですね。 ようやくここまで追い詰めました。彼女を倒します。よろしいですね?」 待て、古泉。俺は、やっぱり――。 「見た目に惑わされないで下さい。昨夜の体育館の崩壊も、 この神人が関わっているのは間違いないのです」 ああ、わかってるさ。その子は本当に神人なんだろう。だけどな。 「彼女が女の子の姿をしている限り、俺はその子が攻撃されるのを見たくないし、 お前がそんな小さな子を痛めつけるのなんか、見たくないんだよ!」 古泉に隙が出来ると、女の子は逃げてしまった。 43 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 05 02 50 ID IbCCbANj0 部室に戻ると、そこにいたのは朝比奈さん一人だけだった。 朝比奈さんが淹れてくれたお茶をすすりながらくつろいでいると、ハルヒがやってきた。 「キョン!それにみくるちゃん!準備しなさい!」 何をだよ? 「決まってるでしょ、ピクニックよ!」 ピクニックって言ったって、この閉鎖的閉鎖空間から出られないんじゃ…… と考えながら窓の外を見て愕然とする。 中庭を隔てた中館(なかかん)の屋上は、緑豊かな草原と化していたのである。 「そうそう、今日は特別ゲストがいるのよ。いらっしゃい」 ハルヒの言葉に応えて、おずおずと入ってきたのは、あの「神人」の少女だった。 ハルヒと少女はバッタリ出会って、すっかり仲良くなったのだという。 「さあ、行こう、リボンちゃん」 かくして、SOS団は、神人の「リボンちゃん」とのピクニックを執り行う運びとなった。 長門が言うには、リボンちゃんは四年前のハルヒの姿なのだという。 だが、過去のハルヒがタイムスリップしてやってきた、というわけではなく、 彼女はハルヒの真相意識が具現化した存在なのだそうだ。 まぁ、今は難しいことを考えるのは止そう。 中館の屋上で弁当を食べた後は皆でバドミントンをして遊んだ。 リボンちゃんは皆に懐いて、普通に喋り、普通に笑っている。 夜は朝比奈さんのクラスに勝手に入り込んで焼きそばパーティーをした。 もちろんリボンちゃんも一緒だ。 しかし、文化祭のためにと買い揃えた食材を俺たちが勝手に使っていいものかね? さて、パーティーが終わった後、朝比奈さんのクラスがある中館と、 部室がある旧館への渡り廊下を歩いていたときのことである。 リボンちゃんが朝比奈さんのクラスに忘れ物をしたと言い出した。 ハルヒは自分がとって来ようと申し出たのだがリボンちゃんはそれを断り、 長門と朝比奈さんと古泉を指定して取りに行かせようとした。 リボンちゃんは無邪気な顔して、完全にこの場を仕切ってやがる。 ハルヒと同じと言えば確かにそうなんだが。 三人は意外にもあっさりと了承し、中館へ向けて歩みを進める。 十数秒後、地震のような振動が感じられる。 振り向くと、渡り廊下は途切れ、中館はゆっくりと崩落を始めていた。 これはきっと、リボンちゃん、いや「神人」の仕業に違いない。 三人は崩れ行く中館に取り残された。あの三人なら、簡単にこの状況を抜け出せるはずだ。 だが、三人は俺たちを見つめるばかり。 そうか。ハルヒに能力を使うところを見せるわけにはいかないのだ。 呆然と立ち尽くすハルヒを説き伏せ、俺たちは旧館へと入った。 ハルヒの目の届かないところで三人は中館から脱出し、事無きを得た。 今晩は皆で部室に泊まることになった。寝る前に少し古泉と話をする。 古泉もやはり、中館の崩落は神人の仕業だと睨んでいるらしい。 だが、神人の目的は何だろう?古泉たちを殺すこととは考え難い。 それなら、あんなにゆっくりと崩落させる意味は無いからな。 44 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 05 04 27 ID IbCCbANj0 第七章 目を覚ますと、部室には俺とハルヒだけが残されていた。 長門に朝比奈さんに古泉、そしてシャミセンも姿を消してしまっている。 「あんた、映画にあたしの声を入れたいとか言ってなかった?」 ハルヒが唐突にそんなことを言う。 ああ、あれは確か、前に録音したヤツがパソコンに入っているはず。 俺はパソコンの中を探してみたが、それらしいデータは見当たらなかった。 「じゃあ、キョン、行くわよ!」 俺とハルヒは放送室の設備を借りて録音することになった。えらく本格的だな。 「『この物語はフィクションであり実在する人物、団体、事件、その他固有名詞や 現象などとは何の関係もありません。嘘っぱちです。 どっか似ていたとしてもそれはたまたま偶然です。他人のそら似です。』 え? もう一度言うの?こんなの必要ないじゃない」 こいつに原稿を素直に読ませることはこんなにも難しいことなのか。 仕方ない、さっきのテイクで満足しよう。 「ちゃんと録音されてるかチェックするから、そこで待っててくれ」 チェック作業に入ってしばらく後。 「ねぇ、キョン」 「ん?」 「この映画が無事完成したら、遊園地とか行く気ある?あたしと」 いつもとは違うトーンで、ハルヒはそう言った。もしかして、デートへの誘いか? 「ああ、そうだな、いいかも知れないな」 俺は動揺を隠しつつもそう答えた。 「そう、じゃあ考えとくわ」 しかし、二人きりで遊園地って、払いは全部俺とかじゃないだろうな? その後、編集作業に邁進するはずだったのだが、居眠りをしたりして気が付けば昼過ぎになっていた。 「あら、キョン、ここにいたの?」 部室の静寂はハルヒの声によって破られた。編集作業なら進んでないぞ。 「みくるちゃんや、有希や古泉くんは?お昼に集合するって約束だったのに」 そう言われてみると、今朝から三人の顔を見ていない。 まさか、リボンちゃんに消されてしまったのでは? 「あたし、あの三人を探しに行って来る!」 ハルヒは部室を飛び出して行った。 45 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 05 06 28 ID IbCCbANj0 しばらく後。 まだ日が暮れる時間には早いはずなのに、窓の外はさっきよりずいぶん暗くなっている。 俺は何故か不安に駆られ、ハルヒを探して校内を走り回った。 そしてリボンちゃんの姿を見つけたのだが、彼女は俺の顔を見るなり逃げ出しやがった。 追いかけたが見失ってしまった。 「あらキョン、どうしたの」 そこにハルヒがいた。 「キョンっ!どう、誰か見つかった?」 えっ?そこへやって来たのは、もう一人のハルヒだった。 「なんなのあんた、あたしのそっくりさん?」 「あんたこそ、なんであたしにそっくりなの?」 二人のハルヒは取っ組み合いを始めてしまった。 おそらく最初に会った方のハルヒがニセモノだろう。リボンちゃんが化けているのだ。 それくらいは俺にもわかる。だが、今となってはどっちがどっちだか見分けが付かない。 よーし、こうなったら……。 「おい、涼宮ハルヒ!これからお前たちは俺と話してもらう」 そうすればたぶん、わかるだろう。 ここで本物が見分けられないようじゃグッドエンドなんて夢のまた夢だ。 会話例を以下に示す。 A: 「映画、評判良いといいな」 「ハリウッドからオファーが来たらどうしよう」 「それは絶対無いから安心しろ」 B: 「映画、評判良いといいな」 「ま、大丈夫じゃない。あたしが作った映画なんだから」 「……そうか」 言わずもがな、Bが偽のハルヒである。 偽のハルヒは妙に醒めているところがあるのだ。 46 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 05 08 22 ID IbCCbANj0 さて、どちらが本物かはわかった。 俺は本物のハルヒを、お前が本物だ、という気持ちを込めて見つめた。 それが伝わったかどうかはわからんが、今はハルヒを信じるしかない。 その上で、 「お前が本物だ」 と偽のハルヒに向かって言った。本物のハルヒよ、大人しくそこで待っていてくれ。 俺は偽のハルヒを部室に連れて行った。 「ふふっ、『あたし』も、何であんたみたいなのとつるんでるのかしら」 「それは俺が宇宙人でも未来人でも超能力者でもないからか? 一応言っておくけどな、お前がニセモノだってことはわかってる。 すまんな、凡人の俺に無理やり付き合わせちまってさ。なぁ、リボンちゃん」 「あんた……」 「最初の質問だ。お前の目的は一体、何なんだ?」 「あたしは、あの三人が非日常的存在だということを、『あたし』に教えたかったの」 昨夜の中館の崩落、あれはやはり、リボンちゃんの仕業だった。 あの三人が能力を使うところをハルヒに見せたかったらしい。 このリボンちゃん、否、ハルヒの深層意識は、あの三人の正体を知っている。 というのも五ヶ月前に俺が三人の正体をバラしたからなのだが……。 ハルヒの表層意識はあのとき、俺の発言を冗談だと言って否定したが、 深層意識では肯定していたのだった。 「文化祭前日をループさせたのもお前なんだな?何でこの日じゃないといけないんだ?」 「それは……楽しかったからよ。文化祭の前の日が、すっごく楽しかったから!」 楽しかったから、何度も過ごしたいってことか? 「違うわ。だって変じゃない。楽しいはずがないのよ。 『あたし』が楽しくちゃいけないのよ! だって『あたし』は、非日常と邂逅するっていう夢を叶えてないのよ? なのにどうして、そんなに楽しくしていられるの?おかしいでしょう?」 ハルヒの深層意識が現れた理由がわかった気がした。 要するにハルヒは心の奥深くで矛盾を感じてたってわけか。 「ただの人間には興味ありません」なんて自己紹介で言っておきながら、 ただの人間に過ぎない(と表層意識では思っている)奴らを相手に楽しくてたまらない自分に。 それで深層意識がリボンちゃんとなって具現化し、妙な空間に俺たちを閉じ込め、 非日常がそこに存在していることを表層意識に教えようとした。そういうことだな。 47 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 05 10 10 ID IbCCbANj0 「やれやれ」 「何よ」 「お前があまりにもアホだから呆れてるんだ。そんなこともわからんのか? 簡単なことだ。それはな、朝比奈さんや、長門や、古泉や、そして俺も、 ハルヒにとってもう『ただの人間』なんかじゃないからさ。 今、俺たちはSOS団の仲間なんだよ。仲間といるときは、楽しいもんだ。 それは全宇宙における普遍的真理ってヤツでな、深層意識がどんなにグダグダ言おうと、 絶対に、変わらないもんなんだよっ!!」 「……」 「わかったらこの空間を元に戻せ!ハルヒはな、いや、ハルヒだけじゃない、俺もそうだし、 あの三人もきっとそうだろうが、あの映画とも呼べないようなこっぱずかしいシロモノを、 文化祭で公開するのが楽しみで仕方ないんだよ!」 「……いいのね?あたし、楽しくても、いいのね?」 ああ。俺が保証する。お前はその楽しさを、たっぷり謳歌していいんだ。 だってハルヒ、お前は確かに普通とは言い難いが、それでも高校一年生なんだぜ。 高校生らしく、楽しく過ごせばいいじゃないか。 「そうね。あたし、楽しむことにする。キョンもたまにはいいこと言うわね」 リボンちゃんは光の粒子に包まれ、消えていった。 「いやあ、お見事ですね」 朝比奈さんに古泉、長門、そしてシャミセンが部室に入ってきた。 古泉、お前消えたんじゃなかったのか? 「いえ、我々はコンピ研の部室に隠れていただけですよ」 急に力が抜けてしまう。もちろんハルヒが探しに来たらしいが、 長門が手を回して見つからないようにしていたらしい。 古泉は、リボンちゃんの目的は三人の正体をハルヒに教えることではないか、と推理した。 そこで三人がいなくなれば、リボンちゃんは何も出来なくなって、 事態は解決に向かうと踏んだわけだ。やれやれ。 最後にわれらが団長様が部室にやってきた。 慌ててつまずき、俺にぶつかりそうになる、いつものハルヒだった。 48 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 05 15 24 ID IbCCbANj0 エピローグ いつものように俺は部室で目覚めた。 恐る恐るパソコンを確かめてみると、そこには文化祭当日の日付が表示されていた。 崩壊した体育館やら中館、その他メチャクチャになった諸々も見事に元に戻っている。 ん?パソコンのデスクトップには、既に編集済みの動画があった。 編集作業などちっともやっていないのに。誰がやったんだ? しかもその動画には今の俺には到底無理なCG合成やらエフェクトやらが盛り込まれていて、 それなりに見られるレベルになっていた。 俺は朝の校内を歩き回って、編集作業をした奴を探した。 ハルヒは当然違う。古泉と長門に聞いてみたが否定された。 朝比奈さんや鶴屋さんでもない。じゃあ、誰が? 念のためにシャミセンにも聞いてみることにした。 「私は見た。いつだったか、キミたちが焼きそばパーティーとかいうものに興じていたときだ。 そのときパソコンの前に座っていたのは、キミだった」 は?俺? 「今私の前にいるキミとは違うキミだ。つまり……」 「キョンくぅん!」 そこへ闖入してきたのは我が妹だった。おい、どうしてここにいるんだ? 「今日はね、昨日のおにぎりの入れ物を取りに来たんだよ!それで、シャミを連れて帰るの!」 妹はシャミセンを連れて行ってしまった。 てかシャミセン、どういう意味だよ、俺とは違う俺が映画の編集をしてたって? 俺の頭には、一つの考えが浮かんでいた。まさか、未来から来た俺、なんて言うんじゃなかろうな? その可能性はゼロとは言い切れない。 やれやれ、エフェクトのやり方とかCGとかの勉強しとくか。 部室に戻ってみると、ハルヒ御大がおいでなすった。 「今日はいつもより調子がいいのよ。夢見が良かったからかしら。 最近まれに見る、スカッとした夢だったわね」 なるほどな。あの突拍子も無い状況は夢だと思っているわけか。 しかし、よっぽどその夢が気に入ったようだな。何よりだよ、ハルヒ。 こうして俺たちの、長い長い文化祭前日は終わった。後はこの祭りを楽しむだけだ。 俺は今日という日を楽しむことにする。いや、今日だけじゃない。 この先何が起ころうと、俺はそうするつもりだ。 だからお前も、心おきなく楽しめばいい。どんなことでも、お前のやりたいようにさ。 49 :涼宮ハルヒの約束:2010/06/16(水) 05 18 29 ID IbCCbANj0 そして無事、文化祭は終わった。 かくも長きに渡って俺の心の重荷であり続けたあの映画が、 他の生徒たちからどのような評価を得たかは……思い出させるな。 過ぎてしまったことは忘れよう。忘れるしかない。忘れないとやってらんねー。 ともあれ、そんな文化祭から数日が過ぎた、土曜日の午後のことだった。 「キョン、今日、例のアレを決行するわよ。約束したでしょ、忘れたの? 駅前に三十分以内に集合ね」 いきなりハルヒから電話がかかってきて、そう告げられた。 訳のわからないまま駅前に行った俺はハルヒと一緒に電車に乗った。 すっかり辺りが暗くなった頃、電車は目的地に着いた。 ここって、遊園地か?ということは、だ。放送室でのアレか?デートなのか? と思ったが、長門に古泉に朝比奈さんも後からやって来た。 どうやら今日は、SOS団の文化祭打ち上げイベントらしい。やれやれだ。 「ね、約束通りでしょう?」 ハルヒが振り返って俺に微笑む。 「今後、SOS団の会合は絶対に全員集合だって。 いい、これからもSOS団は必ず全員集合よ。わかったわね」 ああ、そうだな。そうしよう。 「さあ、キョン、心おきなく楽しむのよっ!」 以上、ハルヒグッドエンドでした。 50 :ゲーム好き名無しさん:2010/06/17(木) 20 06 32 ID xm6bjn+Q0 ハルヒ乙でした あと前スレ埋めも乙 原作知らないからよくわからんのだけど、 書き出しにあった「俺」ってのは前作の「~の並列」と同じ語り手の「キョン」って人? 54 :ゲーム好き名無しさん:2010/06/17(木) 20 54 16 ID MRBDh46D0 50 ハルヒの人ではないが、総じて俺=キョンでおk 181 :涼宮ハルヒの約束:2011/07/03(日) 02 11 22.76 ID Ina/338x0 (ハルヒバッドエンド) 本物のハルヒを見抜けなかった俺は、偽のハルヒを選んでしまった。 そいつは「あたしが本物のハルヒよ」と言って不敵な笑みを浮かべる。 自分が間違っていたことに気付いたときにはもう遅かった。 偽ハルヒ――神人の手に墜ちた俺は見ていることしか出来ない。 そして、この閉鎖的閉鎖空間は闇に包まれた。 182 :涼宮ハルヒの約束:2011/07/03(日) 02 17 37.80 ID Ina/338x0 (ハルヒアナザーエンド) 幼い少女の姿をした神人と古泉は睨み合っていた。 古泉は手のひらから眩く輝く光球を出現させた。その超能力を使って神人を倒そうとしている。 俺はこれから展開されるであろう凄惨な光景を想像しつつ、それに堪えかねて目を閉じた。 「終わりましたよ」 古泉の声に応えるように目を開けると、神人の姿はなくなっていた。 って、古泉!お前、消えかけてるぞ! 「落ち着いてください。こうなることは予測していました」 古泉が言うには、あの少女の姿の神人は、 宇宙人や未来人や超能力者たちと一緒にいたいというハルヒの願望を象徴する存在らしい。 そして、神人がいなくなった今、ハルヒの願望も消え、用済みの宇宙人(以下略)の古泉たちは、 この世界から、この閉鎖的閉鎖空間から消えてしまうのだという。 「涼宮さんのこと、頼みましたよ」 そう言い残すと古泉は光る粒子となり、後には何も残らなかった。 ハルヒのことが心配になった俺は、部室に戻り、気絶したハルヒを発見した。 ホッとしたのも束の間、辺りは闇に包まれた。数時間が経過した後、ハルヒは目を覚ました。 「ここは……どこ?」 「どこって、SOS団の部室に決まってるだろ?」 「SOS団?何それ?」 ハルヒは、俺のことは覚えていたが、それ以外、SOS団のことや、 長門、朝比奈さん、古泉のことは忘れていた。なるほどな。こうなるのか……。 とにかく、ここでボケッとしていても仕方ないので、外に出てみたが――。 部室の外には絶望を絵に描いたような光景が広がっていた。 無事なのは部室だけで、校舎の他の部分は残骸となっていた。 そしてその残骸の外側には見渡す限りの荒野が広がっている。 どうやら、この世界には本格的に俺とハルヒしか存在してないみたいだ。 だが、そんなものを見せられてもハルヒは希望を捨ててはいなかった。 俺たちは校舎の残骸を漁って食材やら調理道具やらを調達し、飯を食った。 「おなかがいっぱいになったら、なんだか眠くなってきちゃった。本当はお風呂に入って着替えたいところだけど……」 ハルヒは入ったら死刑などとのたまいつつ部室に入った。 俺は仕方なく外にいることにした。そのとき、近くの地面が陥没して……。 驚きを通り越して笑うしかないね。そこには源泉かけ流しの露天風呂と、ご丁寧に着替えまで用意されていた。 こんな状況になっても、ハルヒの願望を叶える能力は健在らしい。 もしかしたら、ハルヒに元の世界に戻りたいと願わせれば、それは叶うのかも知れない。 だが、どうやって?そうだ、あの映画だ。俺は3日間かけて編集作業に没頭し、映画を完成させ、ハルヒに見せてやった。 見終わった後、ハルヒはつぶやいた。 「そうよ、この映画の監督はあたしよ!有希は、みくるちゃんは、古泉くんはどこへ行ったのよ!?」 そして、世界は光に包まれる。 今日は文化祭の前日。俺はとある珍妙な映像作品を文化祭で公開すべく、 昨日から夜を徹して部室のパソコンに向かい、編集作業に取り組んでいた。 しかし、いつの間にか睡魔に撃沈されてしまったらしく、結果、こうして むさくるしい部室で冴えない朝を迎えたわけだ――。
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朝比奈、古泉と自分から会話する。 しかし、1日では1人としか会話できないので、この章は、最低1回はループ。 古泉のSOS会話は、「気分」が一定値以上で会話しないと、キー会話が出ない。
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※注意書き※ 涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ) のγ-7の続きとなります。 思いっきり驚愕のネタバレを含むので注意。 γ-8 翌日、火曜日。 レアなことに、意味もなく定時より早く醒めた目のおかげで、俺は学校前の心臓破り坂をのんびりと歩いていた。日々変わらない登校風景にさほど目新しさはないが、一年生らしき生徒どもが生真面目に坂を上っているのを見ると去年の自分の影がよぎる。 そうやってのびのび登校できんのも今のうちだぜ。来月にでもなりゃウンザリし始めることこの上なしだからな。 ふわあ、とアクビしながら、俺はやはり無意味に立ち止まった。 突然にSOS団に加入してきた佐々木、その佐々木を神のごとく信仰する橘京子、そして、何をしでかしてくれるか予測すらつかない周防九曜。 さて、これから何がどうなるのかね? 「ふむ」 俺は生徒会長の口調を真似てみた。考えていても前進せんな。まずは教室まで歩け。そこで団長の面でも拝むとしよう。俺の学校生活はそうせんと始まらん。いつしかそういう身体になっちまった。 その日の授業中、ハルヒはロープで繋いでおかないと宙に舞い上がりかねないほどソワソワした機嫌を維持していた。そのお眼鏡に適う新入団員を得られたのがよほど嬉しいようだ。 その日の昼休みも、ハルヒ謹製弁当と俺の母上作弁当との間の強制的おかず交換が実行され、クラスの連中から好奇の視線が向けられた。 ハルヒよ。これずっと続けるつもりか? 一緒にメシ食うぐらいならともかく、こんなことを毎日やっていたら本気で勘違いする奴が出てくるぞ。 校舎中のスピーカーが本日の営業終了を伝えるチャイムを鳴らし終えるとほぼ同時に、ハルヒは俺の腕をつかみ教室からすっ飛んで行った。目指すは、当然、我らが文芸部室である。 俺と古泉はUNOで対戦、朝比奈さんは部室専用メイド、長門はいうまでもなくいつもどおり。 ハルヒはパソコンを立ち上げるとなにやら印刷し始めた。 やがて、佐々木がやってきた。 「やあ、待たせたね、キョン」 おいおい、いくらなんでも早過ぎないか? 佐々木の学校からここまで来るには結構時間がかかるはずだが。 俺にしか聞こえない小声で古泉が答えた。 「『機関』から送迎の車を回してます。橘さんの依頼もありましたしね」 なるほど、そういうことか。 「団長に挨拶なしというのは、どういうことかしら?」 ハルヒがまるで姑が嫁をいびるかのようにそう言った。 「ごめんなさい。うっかりしてたわ」 「次からは気をつけなさい」 そして、唐突にこう宣言した。 「これから、佐々木さんには入団試験を受けてもらいます。今はあくまで仮入団段階。試験で落第点をとったら退団となるので、心して受けるように」 「おや、それは初耳ね」 いつものごとくハルヒの突発的思い付きだろう。 ハルヒは、ちょうどいい暇潰しネタを見つけてしまったようだ。佐々木も災難だな。 プリンタから吐き出された紙が一枚、佐々木に手渡された。 「試験は、ペーパーテストよ。制限時間は三十分。文字制限はなし」 そして指し棒をスチャッと伸ばし、 「始め!」 佐々木は、机に向かって、シャープペンを動かし始めた。 俺は、ハルヒが余計に印刷してしまったらしい紙を手に取ると、書かれている内容を確認した。 ・Q1「SOS団入団を志望する動機を教えなさい」 ・Q2「あなたが入団した場合、どのような貢献ができますか?」 ・Q3「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者のどれが一番だと思うか」 ・Q4「その理由は?」 ・Q5「今までにした不思議体験を教えなさい」 ・Q6「好きな四文字熟語は?」 ・Q7「何でもできるとしたら、何をする?」 ・Q8「最後の質問。あなたの意気込みを聞かせなさい」 ・追記「何かすっごく面白そうなものを持ってきてくれたら加点します。探しといてください」 これのどこがテストなんだ? 単なるアンケートだろ? それでも、佐々木は真面目に取り組んだようで、回答はA4用紙表裏2枚にわたる大作となった。 ハルヒは渡された回答用紙を読み終わって、 「まあ、及第点ね」 ハルヒは回答用紙を適当に畳んでポケットに収めた。 「おい、俺にも見せろ。あんな問題でどうやって4ページにわたる大作論文が書けるのか興味がある」 「それはダメ」 にべもない返事だった。 「守秘義務に反するわ。個人情報でもあるし、やたらと見せるわけにはいかないの。これはあたしが決めることだから、あんたに見せても意味がないってわけ」 よく輝くデカい瞳で俺を睨み、 「特に興味本位のヤツにはね。団員の選定は団長の仕事よ」 団長は断固拒否の態度を崩さなかった。 その後、俺は、朝比奈さんの豊潤な芳香立ち上るお茶で満たされた湯のみを片手に、UNOで古泉に連勝し続けた。 無事テストをパスした佐々木は、朝比奈さんとお茶の薀蓄を語り合っている。 さりげなく長門に目を向けてみた。 読書を続ける文芸部部長は、椅子から一ミリも離れず不動たるノーリアクションのままである。 長門が無変化で無言の体勢を崩していないということは、何の問題も起きていないということでもある。少なくても、あの九曜に動きはないようだ。 いつものように長門が本を閉じるのを合図として、団活は終了した。 昨日と同じように佐々木と帰路を共にすることになったが、いくら訊いても入団試験の回答内容は教えてくれなかった。 「団長の意向に逆らったら、退団させられるかもしれないからね」 佐々木の顔は、どう見ても自分の言葉を信じているようには見えなかった。 わざわざ学外の人間を入団させたんだ。ハルヒは、佐々木をそう簡単に退団させたりはしないだろう。 そのことは、佐々木も分かっているようだった。 γ-9 翌日、水曜日。 これが一時的なのか、この後も続いて加速度を増すのか、とにかくポカポカ陽気は春を超えて初夏というべき気候にホップステップという感じでジャンプアップを遂げていた。そういや去年もこんなんだったような。 どうやら地球はどんどんヌクくなりつつあるようで、それが人類のせいなんだとしたら早いとこなんとかしないと、シロクマや皇帝ペンギンから連名の抗議文が全国各地の火力発電所気付で届くに違いない。字の書き方を教えに行ってやりたい気分だ。 そんなわけでこの朝、登校ナチュラルハイキングに甘んじる俺のシャツは早くも汗で張り付くようになってきた。隣の芝は青々と茂って俺の目にうすら目映く、それにつけても冷暖房完備の学校が憎くてたまらん。 今度会ったら生徒会長に注進してみたい。実際的な予算の有無はともかく、喜緑さんの宇宙的事務能力ならエアコンの二十や三十、たちどころに設置完了となるかもしれない。 俺の足取りはいつものペースだが、多少早歩き気味なのは無常な校門が閉ざされてしまう時間ギリギリであるせいである。 いつものことなんだが、余裕をもっての登校がついぞ実行できてないのは、家を出発する時間がおおむね決まっており、遡れば起床の時間も一年から二年になっても変化していないという事実をもってその答えとしたい。 一回間に合いさえすれば、次からも同じ時間での発走となるのは、実は人間が持つ経験値蓄積の結果と言うべきだろう。用もないのに早朝の学校に行きたがる生徒なんざ、ボロ校舎に倒錯的な趣味を持つフェティシズムの持ち主だけさ。 本日、通学路の途中、毎度のことながらひいひい言いつつ坂道を上っていると、背後から意外な人物の声がかかった。 「キョン」 国木田だった。俺の後を急いで追ってきたんだろう、国木田は荒い息を吐きつつ、 「佐々木さんがSOS団に入ったそうだね」 なんでおまえが知ってるんだ? 「昨日、校内でばったり会ってね。あまり話す時間はなかったけど、中学時代と変わってなかった」 まあ、そうだな。 「でも、佐々木さんもキョンも最近、九曜さんと知り合ったと聞いたときには驚いたよ。こんな偶然もあるのかなって」 おいおい、なんでおまえが九曜を知ってるんだ? 「谷口の元カノだよ」 前に言ってたクリスマス前に交際が始まって、バレンタイン前に振られた彼女か? 驚いた。それは、本当に偶然なのか? 「世間は意外に狭いってことなんだろうけどね。ただ、谷口には悪いけど、九曜さんに最初に会ったとき、関わり合いにならないほうがよいと直感したんだ。なんか普通の平凡な人間とは違うような気がしたから」 鋭い────。とも言えないか。あの九曜を見てうさんくささを感じないまともな人間がいるとも思えんからな。国木田の感想は至極まっとうなノーマル人間のそれだろう。 「僕なら彼女と付き合ったりはしないね。谷口くらいのものさ。でさ、実はね────」 声をひそめた国木田の顔が接近した。 「ちょっと言いにくいんだけどさ。僕は似たようなことを朝比奈さんや長門さんにも感じるんだ。 気のせいだとは思ってるんだけど、どこかが違う。けれどあの鶴屋さんが足繁くキョンたちの輪に入っていることを考えると、それは警戒するものでもないだろうとも考えるんだけどね。 いや、ごめんよ、キョン。気にしないでくれよ。一度言っておきたかったんだ。SOS団でまた僕の活動が必要なときはいつでも声をかけて欲しいね。できたら鶴屋さんと一緒がいいな」 その後、教室まで、俺と国木田はどうでもいいような日常的会話に終始した。国木田は言うだけ言ってそれっきりすべての興味をなくしたように、中間試験の心配や、体育の授業でする二万メートル走への愚痴を語っていたが、なかなか見事な日常話題への切り替えだった。 こいつはこいつで俺にライトなアドバイスをしてくれているつもりなのか。特に鶴屋さんへの言及は、漠然としながらもなかなか核心をついた洞察力だと言わざるをえないだろう。 ここにも俺たちをよく解らないまでも心配の種としている同級生がいるわけだ。何しろ国木田は俺と佐々木を知っている唯一のクラスメイトだしな。俺たちの間に何か奇妙かつ歪んだ関係性めいたものがあると感づいていてもおかしくない。 聡く、親身になってくれる友人を持って俺はなんと幸せ者か。テスト前のヤマ張りでもお世話になっているし、中学時代からの付き合いでもあることだし、そろそろハルヒにかけあって単なるクラスメイトその一以上の認識を与えるべきだろう。 ただし谷口は除かせてもらうがな。奴には永遠の一人漫才師がお似合いだぜ。 きっと国木田もそう思っているのだろう。だから、先ほどのようなセリフを俺たち二人しかいない、このタイミングで俺に吐露したんだ。 どうも俺の周辺の一般人ほど、なんだか妙に勘がさえてくるみたいだな。誰の影響だろう。 午前午後の学業時間はこれということなく進行し、俺が授業の半分くらいをうつらうつらしている間にいつのまにか終業のチャイムが鳴っていた。 なお、本日の昼休みもハルヒ謹製弁当と俺の母上作弁当との間で強制的おかず交換がなされたことを付言しておく。 放課後。 ハルヒとともに団室に入った俺は、鞄を床に置き、古泉の向かいに座った。 「どうです? 一局」 古泉が、テーブル上の盤を俺のほうに寄せてくる。 「なんだ、これは」 一風変わった盤上に丸い石。刻まれている漢字は『帥』とか『象』とか『砲』などの、動かし方の検討もつかないチャイニーズミステリアスな様相を呈する駒だった。 オセロでも囲碁でも軍人将棋でも連戦連敗の古泉め、今度こそ勝てそうなボードゲームを搬入してきたということか。 「中国の将棋です。象棋(シャンチー)とも呼ばれていますね。ルールさえ覚えたら、気軽に誰でも楽しめますよ。たいして難しくはありません。少なくとも大将棋よりは手短に終わるでしょう」 そのルールさえ、という部分が問題なのさ。そいつを覚えるまで俺は連戦連敗の苦汁を舐め続けるに決まってるじゃないか。花札にしないか? オイチョカブでもコイコイでも母方の田舎ではちょいと鳴らした経験がある。 「花札は盲点でしたね。いずれ持参しますよ。それでこの象棋ですが、チェスや囲碁将棋と同じでゼロサムゲームだと解っていれば、それで充分です。あなたならたちまちのうちにルールを飲み込めます。 差し掛けの囲碁の盤面を見て、あっさり勝敗を看破できる実力があれば鉄板ですよ。これもボードゲームとしては運の要素があまりありませんから、あなた向きだと思いますよ」 余裕の笑みを浮かべ、 「では、最初は練習ということで、初戦は勝敗度外視でいきましょう。まずこの『兵』いう駒の動かし方ですが──」 俺は古泉に教えられるまま、駒を並べ、それぞれの動きの把握にかかった。将棋に近いが細かい部分はけっこう違う。まあチェスやオセロにも飽きていたことだし、新しいボードゲームに親しむのも悪くはないかな。 「お待たせしました」 天使のような声色とともに、お盆に湯飲み載せた朝比奈さんが視界の中に入ってきた。 「ルイボス茶といいます。カフェインゼロで健康にいいそうです」 朝比奈さんから湯飲みを手に取り、赤茶けた液体を一口すすり、同様の行動をとった古泉と数秒後に目が合った。 「……風変わりな味ですね」 微苦笑とともに感想を述べた古泉とまるごと完全に同感である。決して不味くはない。かといって刮目するほどの美味さでもない。むしろ口に合わない、妙な風味がする。 これなら煎茶や麦茶のほうが忌憚なくがぶ飲みできるだろうが、正直に舌の具合を報告するには俺はちと小心者すぎた。 「違うのとブレンドしたほうがいいかなあ?」 朝比奈さんはさらなる改良を思案しているようだった。 そこに佐々木がやってきた。 ハルヒは、佐々木がやってくるなり、 「佐々木さん、パソコン詳しい?」 「人並み程度だけど」 「そう? じゃあ」 団長机に鎮座するコンピ研印のパソコンディスプレイには、例のSOS団ウェブサイトが、かつて俺が作った状態のまま表示されている。 もちろんショボいレイアウトにチャチなコンテンツと、意味のある文字列などメールアドレスしかないという、今時日進月歩で進化し続けるネットの世界において、ほとほと時代遅れなホームページであると言わざるをえない。 ブログ? 何それ? って感じのデジタルデバイトっぷりである。 そのうちリニューアルすべし、とハルヒの意気だけは高かったが、もっぱらその役目は俺に任じられており、そしてそんなもんはまったくする気のなかった俺はなんやかんやと理由をつけて先延ばしにし続けていたわけで。 実際、SOS団の名がネットワークに流失して誰一人幸福な結果になりそうにないというのは、去年のコンピ研部長の件でも明らかだったため、ハルヒには適当に忘れていて欲しかったのだが。 アクセスががんがん増えてネット内知名度を高める野望を未だ捨てきっていなかったらしい。 もちろんハルヒは長門がロゴマークに細工したことを知らないし、気づいてもいない。 「サイトをもっと人目を呼ぶようなのにしたいだけど、できるかしら?」 と、ハルヒは付けっぱなしのパソコンモニタを指さし、 「SOS団のメインサイト。キョンが作ったきりのまるで殺風景な役立たずな代物なのよ。なにより美しくないわ。世界にはもっとスタイリッシュで情報満載なサイトがたくさんあるっていうのに、これじゃワールドワイドウェブの名が泣くというものよ」 悪かったな。 「ご期待にそえるかどうかは解らないけど、やってみるわ」 古泉と象棋に集中している間も、俺は他の団員の様子をちらちらと窺っていた。 長門は本を読んでいる。黙々と読んでいる。新しい団員が増えたところで所詮それは文芸部の新戦力ではないと達観しているのか、一年前からこの部室での態度はアイスランドの永久凍土のように不変だった。 膝に置いている単行本がやや薄茶けているが、古本屋から掘り出し物を入手した稀覯本なのかもしれない。こいつの行動範囲も市立図書館から広がりつつあるのか。 寂れた古書店を巡ってふらふらした足取りで本棚から本棚へと移動している長門を想像し、俺の精神はどことなく落ち着いた。 佐々木にウェブサイトデザイナーの才能はなかったらしく、SOS団ホームページは結局はあまり前と変わり映えしない感じに落ち着いた。佐々木に言わせれば細かい点ではいろいろと改良されたということらしいのだが、見た目では解らん。 帰り道。 俺と佐々木の今日の議題は、国木田が朝、話していたことだ。 周防九曜について、佐々木の率直な意見を聞いてみたかった。 「九曜さんについては、僕もいろいろと試行錯誤しながら考えてみたんだけどね」 佐々木はそう前置きしてから、 「僕は子供の頃から、地球外生命体がいるのなら、いったいどんな姿形をしているのかと想像していた。小説やマンガでは、光学的に視認できる形状のものが多かったし、ある程度の意思疎通も可能であることが前提条件だった。 たとえば素数の概念を理解してくれたりね。翻訳機という便利なアイテムが登場することも稀ではなかったな」 そこから始まる宇宙的対話がキモであるSFは枚挙のいとまがない。これでも俺は長門の影響で最近の小難しい海外SFを多少はたしなんでいる。フィクションから学ぶことだって多いのさ。 「ま、それはそれで置いとくとして、長門さんの情報統合思念体や、九曜さんの広域帯宇宙存在については、どうやら人間の紡ぐ解りやすい物語上の異星人とは根本的なズレがあるように思える」 火星や水星にヒューマノイドタイプの宇宙人がいたと書いていた前時代のSF作家たちに聞かせてやりたい言葉だ。たぶん当時よりもっと面白い物語活劇を書いてくれだろうにな。 「そうだね。SFに限定することもなく、例えばJ・D・カーがこの時代に生きていたら、現代技術を取り込んだ奇抜で新機軸な密室トリック小説を大量に生み出して、僕を読書の虜にしてくれたものなのにね。 いっそカーを時間移動で現在に連れてこられないものだろうか。キミの朝比奈さんに頼んでみてくれないかな。真剣にそう思うよ」 残念だが俺だって過去に連れて行かれたことがせいぜいで、未来には行けてない。きっと禁則事項やら何やらで、進んだ時間の世界には行けないことになってるんだろう。 「それは余談だけどね。思うに、彼女たちは僕たち人間の価値観と理屈が理解できないんじゃないかな。 高次元の存在が無理矢理、人間のレベルまで降りてきているわけだから、何を話しているのかは解っても何故そんなことを話しているのか解らない。あるいはどうしてそんな話をする必要があるのか解らない、みたいにね。 5W1Hのうち、誰とどこは判断できても残りが全然ダメだとしたら、そんな存在とまとな対話ができると思うかい?」 思わないね。長門の言ってることすら納得不能に近いのに、九曜に至っては5W1Hのどれも噛み合わない感じだ。 しかし、佐々木は、 「この手のコミュニケーション不全は特に難しい問題ではない。たとえばキミはミジンコやゾウリムシの価値観を理解できるかい? 百日咳バクテリアやマイコプラズマと一緒に談笑できると想像できるかな?」 俺の知能ではちと難しいことは確かだな。 「単細胞生物やバクテリアが人間レベルの知能を獲得したとしても、きっと同じ感想を抱くと思うよ。この二本足で歩く哺乳類はいったい何がしたくて生きているんだろう。人類はこの惑星と世界をどうしたいのか、と疑問以前に呆れるかもしれないな」 俺自身、何がしたくて生きてるのかなんて考えても解らんからな。全人類的に考えて圧倒的多数派であるとは信じているが。 「たとえばキョン、キミにとって一番大切なものは何だい?」 突然言われても、とっさには出てこない。 「僕もだよ。高度に情報の錯綜する現代社会において、価値観が定量化されることはまずないといっていい」 佐々木の表情と口調は変化しない。 「たとえば、ある人にとっては金銭かもしれないし、情報だと言う人もいるだろう。別の人は絆こそが最も大切だと主張するかもしれない。 それぞれ全然別の価値基準を持っているものだから、自分の価値観のみでこの世のすべてを判断することはできない────と、僕もキミも知っているだけの話さ。だからこそ、問われてすぐさま回答を出すことができないわけだ」 そうかもしれない。 「でも昔の人はそんな問いかけにそれほど悩まなかったと思うよ」 そうかもしれない。 今でこそ情報は好きなときに好きなだけごまんと手に入る。しかしほんの百年、いや十年前でさえ入ってくる情報は限られていた。これが戦国時代、平安時代ともなるとどうだ。 何かを選ぶことに対し現代人より躊躇いは深いものだっただろうか。当時、選びようにも選択肢は限られていたにちがいない。 多様性を増して選ぶ自由が増えたと言っても、逆に何を選べばいいのか悩むのであれば、むしろそれは多様化による選択の弊害になるんじゃないか? どれを選ぶべきなのか何の情報もないとき、人はより多くの人間が選ぶものを手に取るだろう。 それだと本末転倒だ。多様化どころか、実は一極集中が進んでいることになる。価値観の均一化だ。 「どうも異星人たちは拡散よりも均一化を正常な進化と考えていたようなんだ」 佐々木の声は常に淡々としている。 「でも、どうやら違う側面もあると気づいた気配があって、それはたぶん、涼宮ハルヒさんやキミと出会ったことがきっかけになっていると僕は推理するのだがね」 ハルヒはいい。あいつなら火星人に大統領制を承認させるくらいのことならやってのけるさ。しかし、俺にそんなバイタリティはないぜ。 「いやいや、実際、キミはたいしたやつだ。橘さんから聞いた話だけでもね。さすがは、涼宮さんと僕が選んだ唯一の一般人だ」 今の俺の意識は選民意識とはほど遠い地点にある。そんな自信満々に言われてもただ困惑するだけだ。選ぶだの選ばれただの、何なんだよそりゃ、と言いたい。叫びたい。 長門や古泉や朝比奈さんが俺を特別視したがっているのは解っているし、俺だってそこそこの覚悟を持っている。去年のクリスマスイブに腹をくくったさ。それは今でも作りたての豆腐のように心の深奥に沈んでいる。 ハルヒの無意識が何かをしでかした結果として俺がこんな立場に置かれているのは渋々ながらも認めざるを得ないとして、佐々木、お前までもが俺を選んだと言うのはどういうことだ。 ハルヒは徹底的に無自覚なはずで、お前はそうじゃない。神もどき的存在であるという、ちゃんとした自覚があるはずだ。理解しているんだったら教えてくれ。 なぜ、俺を選ぶ。 「ふっ、くく。キョン、キミの鈍重なる感性には前から気を揉ませてもらっていたが、この期に及んでまでそんなことを言うとはね」 愚弄しているのではなく、単に呆れているだけのようだった。 「まあ、それはともかくとして、キミの類稀なる経験を今回も生かしてもらいたいと思う。できれば、話し合いで解決してほしいね」 相手にその気があるのならな。 問題はその相手が何を考えてるのかすら解らないことだ。いきなり武力行使に及ぶ可能性だって否定できない。 相手がそうしてきたら、もう長門に頼るしかない。宇宙人的パワーの前には俺なんてミジンコ以下だろうからな。場合によっては、喜緑さんにも出張ってもらおう。 佐々木は、別れ際にこう言い残した。 「キョン。団共有のパソコンにMIKURUフォルダなんて隠しフォルダを設けるのは、あまり感心しないね。そういうのは、自分専用のパソコンでこそこそやるものだ」 驚愕の俺の顔を置き去りにして、佐々木は颯爽と去っていった。 γ-10 翌、木曜日。 朝から夕方まで普通にルーティーンな授業を受け続ける時間が、ひねもすが地を這うごときにだらりんと続き、ホームルーム終了の合図でようやく俺とハルヒは五組の教室から自由の身となった。 俺とハルヒは一目散に教室を飛び出した。言っておくが俺はあくまで団長殿に腕を引っ張られての強制連行に近いのだぜ。そこだけは勘違いしないでいただきたい。 そうしてハルヒと肩を並べて文芸部室まで行く道のりもいつも通りなら、学内の春的雰囲気も普段どおりである。四月も半ばとなるとすっかり春という季節に飼いならされちまう。 さすがは四季、頼みもしないのに律儀に毎年現れて、悠久の歴史で地球上の生物をコントロールし続けるのも伊達ではないと言ったところか。 だが、毎日毎日、何もかもいつもどおりというわけではなく、 「あっ、涼宮さん。長門さんと古泉くんは今日は用事があって来られないそうです」 部室のドアを開けるなり、メイド姿の朝比奈さんが駆け寄ってきてそう言った。 「そう。なら仕方ないわね。今日は団活は休みにしましょ。佐々木さんにはあたしからメール入れとくわ」 ハルヒはそういうと身を翻して帰っていった。少々残念そうな顔だったな。 解るさ。いつものメンバーが揃わないと団活にならんからな。 メイド服から制服にお着替え中の朝比奈さんを残して、俺も帰路についた。 学校の玄関に到着した俺は、機械的かつ習慣的な動作で自分の下駄箱を開けた。 「ぬう?」 ずいぶんと久しぶりな物体が、揃えた外靴の上に載っていた。 ただし、いつぞやのものとは違って無味乾燥な封筒。宛先も差出人の名も書いてない。 封をあけると、一枚だけの便箋に印刷したかのような明朝体の文字が躍っていた。 ────本日、私の部屋にて待つ。 差出人はいうまでもないだろう。 俺は、すみやかに靴を履き替えると、長門のマンションに直行した。 すっかり馴染みになってしまった長門の部屋。 そこにそろったのは、俺、長門、古泉、喜緑さん、そして、橘京子だった。 いまさらこのメンバーが勢ぞろいしたところで驚きはしないさ。それぐらいの耐性が備わってるつもりだ。 「わざわざご足労いただきすみません」 古泉がいつものスマイルを崩さずに、社交辞令を述べる。 「さっさと本題に入ってくれ。このメンバーで話し合いってことは、なんかあったんだろ?」 「はい。実は、『機関』と橘さんの組織、両方で佐々木さんをSOS団から引き剥がそうとする動きが起きてます」 対立する組織で同じ動きが起きるというのは、奇妙なことだ。 古泉は、それとなく、橘京子に続きを促した。 「組織の中で、佐々木さんがそちら側に取り込まれてしまうことを懸念する勢力が増えているのです」 考えてみれば、それは当然だろうという気はする。 「おまえ個人の意見はどうなんだ?」 「私は、このまま佐々木さんをSOS団に留まらせるべきだと思います。聡明な佐々木さんなら、涼宮さんを近くでじっくり観察すれば、神の力を彼女に保持させ続けることの危険性を理解できると思うのです」 その言葉に嘘はないだろうと、俺は思った。橘の立場ならば、そういう判断もありだ。 「で、『機関』の方は、なんで佐々木をSOS団から引き剥がそうとしてるんだ?」 「佐々木さんの加入以来、涼宮さんの力が活性化しています。ポジティブな方向での活性化ですが、それでも活性化していることには違いありません」 確かに、最近のハルヒは機嫌がいいというか、何か張り合いみたいなのが出てきたというか、ポジティブな方向への変化は見られる。 「このままでは、秋に桜の花が咲いたりといった異常事態が頻発する恐れがあります。ひいては、世界そのものが改変されてしまうかもしれない。まあ、こんなふうに考える人たちが増えてるんです」 『機関』の役目は、ハルヒの訳の分からない力を抑えて、世界がこねくり回されることを阻止すること。 だとすれば、ハルヒの力の活性化原因を除去しようという動きは当然のことだ。 「おまえ個人の意見はどうなんだ?」 「僕は反対ですね。佐々木さんを無理やり引き剥がせば、涼宮さんの力がネガティブな方向に発現されかねません。まず、間違いなく閉鎖空間が頻発するでしょう。それを抜きにしても、SOS団の意思を無視して事を進めることには賛成いたしかねます」 「なんとも奇妙な話だな。敵対する組織同士の利害が一致して、敵対するはずの個人同士の利害も一致しちまった。そして、組織と個人は対立してる」 「僕たちの世界じゃ、別に珍しいことではありません。利害が一致すれば手を組み、反すれば手を切る。普通のことです」 「それじゃ、俺はおまえを信用するわけにはいかなくなるぞ」 「問題は、どこに基本軸を持つかということですよ。僕の基本軸はSOS団にあります。橘さんにとってのそれは、佐々木さんでしょう」 橘が無言でうなづいた。 古泉がいいたいことは、僕とあなたの基本軸は同じですといったところなのだろう。 まあ、その点に関しては、古泉を信用してやってもよいとは思っている。 「僕が気になるのは、現状が変化するとして、情報統合思念体がどう動くかです。長門さん、そこのところはどうでしょうか?」 「情報統合思念体主流派は、涼宮ハルヒの情報改変能力の肯定的な方向での活性化を好ましいものと考えている。それを妨げる行動は阻止することになると思われる」 「穏健派のご意見は?」 これには、喜緑さんが答えた。 「穏健派は、涼宮ハルヒの情報改変能力の否定的な方向への変化を望んではおりません。それは、情報統合思念体の存立を危うくする恐れがありますから。よって、それを誘発する可能性がある動きに対しては否定的にならざるをえません」 少なくても、この件に関しては、情報統合思念体はこっちの味方になってくれそうだ。 これもまた、利害の一致というやつだが。 「問題は、九曜の親玉がどう動くかだな」 俺は、一番の懸念材料を素直に口に出してみた。 「広域帯宇宙存在の行動原理は不明のまま。周防九曜がどう動くかも予測がつかない。現状では彼女は観測に徹しており、特段の動きは見られない」 長門が厳然たる事実だけを述べた。 「そこのところが不気味ですね。彼女たちの基本軸が見えないと、行動の予測もつかないですから。まったくのお手上げですよ」 「周防九曜への警戒は、私と喜緑江美里が継続する」 「現状では、それ以外には対処のしようもありませんね。よろしくお願いします」 事態がややこしくなってきたな。 九曜だけじゃなく、『機関』や橘京子の組織も要警戒か。 「『機関』は僕が多数派工作をしてみます。今のところ決定的な事態にはまだほど遠いですから、間に合うかもしれません。僕のところに『機関』内の情報が流れてこなくなったときが真の危機でしょうね」 「こっちの方は、私が何とかします」 橘はそう言ったが、こいつの組織内での立場からするとあまり期待できない。 となれば、せめて『機関』だけでも味方にとどめておかなければなるまい。いざとなったら、鶴屋さんを拝み倒すしかないだろう。 佐々木は、団長殿に認められたSOS団員なのだ。 その意思を無視して、勝手に引き剥がすなんてことは認められない。 γ-11 もう金曜日か。 この一週間はやたらといそがしかった気がするな。佐々木がSOS団に加わっただけだというのに、なんだか二週間分の人生を過ごしたような気がしている。 やはり九曜とか橘京子の組織とか『機関』とかがどう動くか解らないせいで、どうも気がそぞろになっていかん。 そんな気分で登校し自分の席についたわけだが、ハルヒの席はずっと空席のままだった。 やがて、担任の岡部がやってきて、こう告げた。 「今日は、涼宮は風邪で休みだそうだ」 ハルヒでも風邪を引くことがあるんだな。あいつなら、風邪のウィルスも裸足で逃げていきそうなもんだが。 と、いきなり、俺の携帯が震えだした。携帯の画面を見ると、古泉からだった。 ホームルームの時間中に電話をかけてくるとは、何かの緊急事態だ。 「先生、ちょっとトイレ行ってきます」 俺は、岡部の同意も取らず、教室を飛び出した。 すぐに電話に出る。 「どうした?」 「緊急事態です。至急、部室に集合してください」 いったい何が起きたんだ? γ-12 俺は、全速力で部室に駆け込んだ。 そこには、古泉、長門、朝比奈さん、そして、喜緑さんがいた。 「いったい何が起きたんだ!?」 「涼宮ハルヒが、周防九曜の襲撃を受けている」 長門が、あくまでも淡々とした声でそう告げた。 「なんだって!」 「いきなり本丸を奇襲してくるとは、意外でした。不意をつかれましたね」 古泉の冷静な口調が、俺をいらだたせた。 「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないだろ!?」 俺の叫びを無視するかのように、喜緑さんが口を開いた。 「長門さん、私は賛成いたしかねますね。周防九曜に対応するのは、私たち二人で充分ではありませんか? 人間がいても障害にしかならないでしょう」 「事は涼宮ハルヒにかかわること。不測の事態がないともいえない。可能な限りでの対応能力の確保が必要。それに、彼らがそれを望んでいる」 長門の言葉に古泉と朝比奈さんがうなずいた。 「わかりました。それが長門さんのご判断なのならば、これ以上は何も言いません。情報統合思念体への救援要請は私からしておきます」 長門は無言でうなずくことで、同意を示した。 「私がみなさんを現地に転送します。無断早退になってしまいますが、その辺は私が情報操作しておきますので」 喜緑さんが、呪文を唱えだした。 γ-13 喜緑さんの呪文が終わった瞬間に、俺たちは、ハルヒの家に転移していた。 「こっち」 長門がまっさきに階段を駆け上がっていく。 長門に続いて部屋に飛び込むと、そこにはハルヒと九曜、そして、なぜか佐々木もいた。 「きゃっ!」 ハルヒと佐々木の様子に、朝比奈さんが悲鳴をあげ、俺はしばし呆然とした。 「なんだ、これは!?」 γ-14 ハルヒと佐々木。二人の体の一部が、融合としかいいようがない状態でくっついていた。二人の意識はないようだ。 「てめぇ、何をした!?」 九曜は、こんなときでも、まるでやる気がないような声で、こう答えた。 「融合……完全化」 「なるほど。『力』の器の融合による『力』の完全化ですか。二人が接近するのを放置していたのも、同期率を高めるのに好都合だったからでしょうね」 九曜のあまりに情報量が少ない言葉を、こんなときでも嫌味なほど冷静な古泉が翻訳してくれた。 「私がさせない」 長門が攻撃をかける。 無数の光の矢が九曜に襲いかかるが、すべて弾き飛ばされた。 その間に、長門は一気に間合いをつめて九曜に殴りかかった。だが、九曜が右手がそれを難なく受け止めていた。 「なぜ……融合、望んでない?」 「強制的な融合は、力の対消滅をもたらす可能性がある。容認できない」 「対消滅とは何か」 九曜の髪がうなるように動き、長門が弾き飛ばされる。 長門は、部屋の壁に打ちつけられた。 「くっ」 長門は、何か重たい物が乗っかったかのように、床に倒れ伏した。起き上がろうとしているのに起き上がれない。息が苦しげだ。 「涼宮ハルヒとは何か」 そこに、唐突に銃声が響いた。 古泉がいつの間にか拳銃を握っていた。お前、そんなもんどっから持ってきたんだよ? その疑問に答える者はない。 飛び出した弾丸は、目に見えないバリアのようなもので弾き返された。 「やはり、こんなものは通じませんか」 続いて、一筋の光線が九曜に向けて飛んできたが、これも弾き返された。 その光跡を逆にたどると、そこには未来っぽい銃らしきものを握った朝比奈さんがいた。おそらく、光線銃かなんかなんだろう。 クソ。未来の武器も通用せずか。 ハルヒと佐々木の方を見ると、二人の体は、既に半分がくっついている状態だった。 突然、部屋がぐにゃりと歪んだ。 「その程度の物理攻撃は、九曜さんには通用しませんよ」 そして、空中から忽然と現れたのは、喜緑さんだった。 圧迫が解けたのか、長門がゆっくりと立ち上がった。 「遅れてしまってすみません。あのあと、この部屋が情報封鎖されてしまいまして、解除するのに時間がかかってしまいました」 「言い訳は後で聞く。今は、敵性存在の排除を優先すべき」 「そうですね」 二人は、そろって高速で呪文を唱えだした。 これでこちらの勝利は確実だと思ったのだが、そうは問屋がおろさなかった。 二人の呪文は延々と続き、止まることはなかったのだ。 やがて、二人の顔から汗がしたたり落ちてきた。 宇宙人同士の戦闘については素人の俺でも、これはまずそうだというのは分かった。二人がかりでも、九曜一人にかなわないというのか? 突然、喜緑さんが崩れるように倒れた。 同時に、長門の顔が苦悶で歪んだ。 そして、九曜がゆっくりと長門に近づいてきた。長門は一歩も動けない。 「力とは何か。答えよ」 「この野郎!」 俺は思わず九曜に殴りかかったが、俺の拳は九曜に届くことはなく、俺の体は九曜の髪の毛に巻き取られるように空中に固定された。 「キョンくん!」 朝比奈さんの悲鳴が聞こえた。 銃声が何度も聞こえた。だが、弾丸は九曜には全く届いていない。何度も放たれた光線も九曜の周辺ですべて消失していた。 「あなたは答えてくれる? 涼宮ハルヒとは何か」 九曜は、表情を────劇的と言ってもいい────変化させた。 微笑んだのだ。 とんでもなく玲瓏で美しい笑みだった。 感情の発露というよりは高度なプログラムが完璧に模倣したような笑顔だったが、こんな笑みを向けられた男はどんな朴念仁でも一瞬にして一目惚れ病に罹患する。 耐えられたのは俺でこそだ。事情を知らない谷口あたりなら即、墜落だ。 それは、唐突だった。 九曜の背後に何かが現れたかと思うと、九曜の口からコンバットナイフが飛び出した。それは、九曜の頭を完全に貫通し、俺の心臓に突き刺さる直前で停止した。 ナイフの柄を握る手までもが見える。それだけで、人間技では不可能な力をもって突き刺されたことがわかる。 俺の心臓が無事で済んだのは、そのナイフが誰かの左手で白刃取りされていたからだ。 片手での白刃取りを成し遂げた主────長門はすかさずこう唱えた。 「パーソナルネーム周防九曜の情報生命構成を消去する」 九曜が砂が崩れ落ちるように消えていく。 その代わりに、ナイフを突き刺した人物の姿が明瞭に現れてきた。 北高の長袖セーラー服に包まれたかつての一年五組の委員長が、さっきの九曜に勝るとも劣らない笑みを浮かべてそこに存在していた。 「あら、残念。ついでにあなたも殺せると思ったのに」 「…………朝倉か」 「ええ、そうよ。他に誰かいる?」 ナイフの柄を握る朝倉の握る手と、その刃を白刃取りしている長門の手が、ともに震えていた。両者ともその手に尋常でないエネルギーを注ぎこんでいるようだった。 「協力に感謝する。また会えてうれしい」 長門がそう言った、本当にうれしそうな口調で。 言っておくが俺は全くうれしくないぞ。二度も殺されかけた相手を歓迎するほど、俺はマゾじゃない。 「命じられたから来ただけよ。でも、私も長門さんに会えてうれしいわ」 ナイフは依然として小刻みに震え続けていた。 「あなたの再構成は、敵性存在排除のための措置。彼の殺害は、情報統合思念体の総意に反する」 「そうですよ、朝倉さん」 俺の背後から喜緑さんの声が聞こえた。彼女もいつの間にかすっかり回復したようだ。 喜緑さんはさらに何か呪文のようなものを唱えた。 すると、朝倉と長門の間で震えていたナイフがまるで霧のように消え去った。 と同時に、宙に浮いていた俺の体が床に下ろされる。 「つまんないわね」 「喜緑江美里は私ほど甘くはない。次は有機情報連結解除ではすまなくなる。自重して」 長門が淡々とした口調でそう言った。 「そういえば、あのとき長門さんの処分が決まってたら、処分実行者は喜緑さんになる予定だったんだっけ?」 あのときって、昨年の12月18日のことか? 「情報統合思念体の総意は、不処分と結論付けました。現時点において過去に仮定を持ち込むことには意味がありません」 「まっ、そうだけどね」 朝倉は俺に視線を向けて、 「近いうちに二年五組に転入予定だからよろしくね」 そう言い残すと、部屋から去っていった。 「おい、長門。これはどういうことだ?」 「朝倉涼子は、私のバックアップとして再構成された。今後も広域帯宇宙存在の攻撃の可能性は否定できない。それに備えるため。私と喜緑江美里が監視するので危険性はない」 「そうは言ってもだな……」 たった今だって殺されかけたんだぞ。はいそうですか、ってわけにはいかないだろ。 「彼女は私の最初の友人。仲良くしてほしい」 長門、友達はよく選んだ方がいいぞ。 「さて、このお二人はどうしましょうか」 古泉が、ハルヒと佐々木を見下ろしていた。喜緑さんの呪文で元通りに切り離された二人の意識はまだ回復してない。この状態でいきなり目を覚まされても対応に困るが。 「二人の記憶は改竄しておく。最小限の情報操作でこの事件自体なかったことにする」 「まあ、それが無難でしょうね」 何はともあれ、最大の脅威と見られていた周防九曜は消滅した。 代わりに危ない奴が復活しちまったし、佐々木を巡る『機関』やらの今後の動きは気になるところだが、とりあえずこれはこれで一件落着だろうと、俺は思った。 しかし、それは甘い見通しだった。 γ-最終章 週明け、学校での昼休み。 毎日弁当を作ってくるのに飽きたらしいハルヒが以前のように学食に向けて飛び出していった後に、俺のクラスに朝比奈さんが訪ねてきた。 「キョンくん、ちょっといいですか?」 はいはい。朝比奈さんのお誘いならば、どこへでも参りますよ。 朝比奈さんに連れられて、俺は学校の屋上にやってきた。 朝比奈さんは、どこか元気がなさそうな様子だった。いったい何があったんですか? 「TPDDがなくなっちゃいました……」 ポツリとつぶやかれたその言葉の意味を理解するまで、十秒ほどの時間がかかった。 「どういうことです?」 「あの事件のあと、家に帰った直後でした。いきなりなくなっちゃったんです」 「どうして?」 「原因は分かりません」 「涼宮ハルヒの情報改変能力によるものと思われる」 突然、背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこには、長門と喜緑さんがいた。 「我々も、広域帯宇宙存在、情報統合思念体及びすべての急進派インターフェースの消滅を確認した」 長門は、淡々ととてつもないことを告げてきた。 なんだって? 九曜の親玉と、長門の親玉と、朝倉とその仲間がまるごと消えただと!? 「記憶の消去ぐらいでは、涼宮さんの無意識は騙せなかったということでしょう」 長門たちの背後から、ニヤケハンサム野郎が現れた。 「俺にも分かるように説明しろ」 「要するに、涼宮さんは、我々SOS団を脅かす恐れがある存在を、丸ごと消去したわけですよ。二度とあんなことが起きないようにね」 さらに続ける。 「時間航行技術を奪い取って未来人の介入を排除し、強大な宇宙存在を消滅させ、危険な急進派TFEIも消し去った。そして、最後に、自分の『力』も封印した」 今、なんていった!? 「自分の『力』の存在こそが、危険を呼び寄せる原因になったと理解したのでしょう。ちなみにいうと、涼宮さんの『力』が封印されたのと同時に、我々の能力も消滅しました。類推するに、佐々木さんの『力』と橘さんたちの能力も、同様の経過をたどっているでしょうね」 あまりのことに、俺は声も出ない。 「とはいっても、『力』が完全に消滅したわけではありません。封印されただけで、また復活する可能性もあります。よって、『機関』も残ることになりました。 規模は最小限まで縮小されますが、鶴屋家がスポンサーとして残ってくれることになりましたので、資金的には困りません。僕の役割も今までどおりです。橘さんの組織も、同様でしょうね」 「私たちはどうするのですか?」 喜緑さんが、長門をにらみつけるように見ていた。 「我々は、情報統合思念体から与えられた任務を継続する。涼宮ハルヒの『力』が完全に消滅したわけではない以上、自律進化の可能性はまだ残っている。我々は観測を継続すべき。『力』の封印が解かれれば、情報統合思念体が復活する可能性もある」 その言葉に喜緑さんは目を見開いていたが、やがていつもの表情に戻ると、こう答えた。 「監査役として、プレジデントの御命令は、合理的なものと認めます」 「地球上の残存全インターフェースにこの旨を命ずる。……伝達完了」 「私はどうしましょうか……?」 朝比奈さんがポツリとつぶやいた。 そうだ。朝比奈さんは、帰る場所も手段も失った上に、組織のバックを完全に失ってしまったんだ。今まで生活費をどうしていたのかは不明だが、組織の支援がなければだいぶ厳しいことになるだろう。 「私の部屋に来ればよい」 意外なことに長門がそう提案した。 「いいんですか?」 「個体単体でも、生活費を捻出できる程度の情報操作能力は残っている。問題はない」 さらに、古泉が助け舟を出してきた。 「お金にお困りでしたら『機関』からも援助はしますよ。それに、鶴屋さんに頼めば、事情を詮索してくることもなく援助してくれるでしょう」 「ありがとうございます」 朝比奈さんは深々と頭を下げた。 放課後。 学外団員の佐々木もやってきて、団活となった。 長門は黙々と本を読み、朝比奈さんはメイド姿でお茶をいれ、俺は象棋で古泉を打ち負かし、佐々木は小難しい口調で俺と古泉の一手一手にツッコミをいれ、ハルヒはパソコンでネットサーフィン。 全くいつもどおりで、昼休みのトンデモ話が嘘じゃないかと疑いたくなるほどだった。 長門がパタンと本を閉じて、その日の活動は終了した。 あの下り坂を集団で下校し、やがてみんなと別れて一人になる。 釈然としない思いが脳裏を渦巻いていた。 今回のことは、古泉たちや橘たちにとってみれば悪くない結果だろうが、とてもじゃないがハッピーエンドとはいえない。 朝比奈さんは、帰る場所と手段を奪われた。何事にも前向きな朝比奈さんだが、さすがにこれはつらいだろう。 長門と喜緑さんは、親兄弟を殺されたも同然だ。今思い返してみれば、あのときの喜緑さんは、親を殺されたことに怒っていたんじゃないのか? 長門がああいうふうに言いくるめなければ、どんな事態になっていたことか……。 ハルヒよ、もうちょっとなんとかならなかったのか? 「納得してないようだね」 思わず振り向くと、そこには佐々木がいた。 「ずっと後ろをつけてきたのに気づかないなんて、よほど思考に没頭していたか、あるいは、上の空だったのか」 どっちも正解という気がするな。 「橘さんからだいたいの事情は聞いたよ。朝比奈さんや長門さんたちにとっては気の毒な結果になったけど、完全なハッピーエンドなんて、物語の世界にしか存在しないものだ。僕は、この結果はバッドエンドよりはマシなものとして受け入れざるをえないと思う。 それに、涼宮さんは意識してこうしたわけでもない。彼女を責めるのは酷というものだ」 それは解ってるつもりなんだが。 「それに、これは僕のせいなのかもしれない」 なんだと? 「涼宮さんと融合したときに、僕の意識が彼女の無意識に混入した可能性は否定できないってことだよ。涼宮さんが僕に課した入団試験の七番目の問いを覚えてるかい?」 なんだったかな? 「『何でもできるとしたら、何をする?』だよ」 ああ、確かそんな質問だったな。 「あのときは紙には書かなかったけど、それに対する僕の答えが、今の事態に近いんだ。時間航行技術を奪い取って未来人の介入を排除し、強大な宇宙存在を消滅させ、危険な宇宙人を消し去り、そして、最後に自分の『何でもできる力』を封印する」 そのまんまじゃねぇか……。 確かに、二人が融合したときに、ハルヒの無意識にそれが混入した可能性を否定はできんな。 「だから、恨むなら僕を恨んでもらいたい」 佐々木はそういうと、きびすを返した。 家に帰ると、自分の部屋に直行して、ベッドの上に寝っころがった。 釈然としない思いは解消されなかったが、それとは別に、脳の奥に何かが引っかかったような感じがとれなかった。 それの正体が判明するまで、五分ほどの時間が必要だった。 そうだ! あのいけ好かない未来野郎。 あいつは、結局、今回は俺たちの前に姿を見せなかった。 奴は、いったいどこに行きやがったんだ? ────ソシテ、トウトツニ、スベテガ、アンテン──── γ-エピローグ────あるいは、αおよびβへのプロローグ とある時間軸のとある時間平面。 ────報告受領。時間軸γの消滅を確認。原時間平面にすみやかに帰還せよ。 「フン。くだらん」 彼は、さきほど未来の組織に簡潔な報告を送信し終わったところだった。 分岐点のほとんどは安定的なものだが、たまにある不安定な分岐点はイレギュラーを引き起こし、規定事項を破壊する。だから、消去する。 まったくもってくだらない任務だった。 しかし、『力』を涼宮ハルヒから佐々木とやらに移し、その力で時空連続体を再構築する────そのときまでは、黙々と任務を遂行して、組織に忠実なフリをしておく必要がある。 彼──便宜上『藤原』の名を騙る彼──は、何か決意を固めたような表情をすると、TPDDを起動した。 『機関』時空工作部の保管記録より。 ────上級工作員朝比奈みくるより、最高評議会各評議員へ。消去対象時間軸237個のうち236個の消去任務完了。 ────時空観測局より、最高評議会各評議員へ。消去対象時間軸237個のうち236個の消滅を確認。 ────時空観測局より、最高評議会各評議員へ。消去対象時間軸γは、別組織による時間工作により消滅したことを確認。 ────最高評議会代表長門有希より、各評議員へ。統合時空補正計画SOSパート8パターンAフェーズ1の完了を確認し、フェーズ2に移行することに異議はないか? ────異議なし。 ────異議なし。 ────異議なし。 ────異議なし。 ────異議なし。 ────全会一致で可決と認める。 ────最高評議会代表長門有希より、上級工作員朝比奈みくるへ。統合時空補正計画SOSパート8パターンAフェーズ2へ移行せよ。なお、当該任務中は上級権限2級を付与する。 ────上級工作員朝比奈みくるより、最高評議会各評議員へ。命令受領。工作活動をフェーズ2へ移行します。
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【 YouTubeアニメ無料動画@Wiki >涼宮ハルヒの憂鬱>涼宮ハルヒの受難】 涼宮ハルヒの受難 お気に入りに追加する bookmark_hatena このページは YouTube ,veoh,MEGAなどで視聴できる涼宮ハルヒの受難の 無料 動画 を紹介しています。 更新状況 更新履歴を必要最低限にわかりやすくまとめたものです。 【広告】あの部長のドメインが、ワタシのより可愛いなんて・・・・。 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ動画3本追加しました!(9/23) 【今更】刀語:アニメ最新話追加しました!(9/23) 【最新】けいおん!!:アニメ動画3本追加しました!(9/23) 【最新】屍鬼:アニメ動画2本追加しました!(9/23) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ動画3本追加しました!(9/23) 【ソノ他】動画ページ上部に「お知らせ」を追加しました!(9/23) 【過去】とらドラ!:アニメ動画10本追加しました!(9/5) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(9/3) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(9/3) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(9/3) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(9/2) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/30) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/30) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/26) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】殿といっしょ:アニメ動画3本追加しました!(8/25) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【修正】デュラララ!!:第7話を視聴可能な動画に更新しました!(8/16) 【今更】刀語:アニメ最新話追加しました!(8/16) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/15) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【過去】とらドラ!:アニメ動画5本追加しました!(8/14) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/12) 【ソノ他】70万ヒット達成!ありがとうございますヽ(´∀`)ノ(8/11) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/11) 【過去】とらドラ!:アニメ動画10本追加しました!(8/11) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/10) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/10) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/10) 【関連】殿といっしょ:MAD動画等7本追加しました!(8/10) 【最新】殿といっしょ:アニメ動画2本追加しました!(8/10) 【過去】こばと。:アニメ動画全話追加し終えました!(8/9) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/8) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/8) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/6) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/3) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/3) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/3) お知らせ↓追加しました!(9/23) 最近、更新が停滞していて本当にごめんなさい。管理人の都合で、またしばらくサイトの更新ができなくなります。えっと、都合というのはちょっとした国家試験なんです。もっと早く勉強を始めていれば・・・と後悔が募るばかりですが、この度、生まれて初めて(!)本気を出そうと思います。もうすでに遅いような気もしますが、ネットするのを我慢して、自分なりに頑張ってみようと思ってます。たまに更新することもあるかもしれませんが、その時は勉強サボってるなあと思ってください(^^;) 更新は10月下旬頃に再開する予定です。怠け者でダメ人間な管理人ですが、これからも生温かい目で見守ってくれるとうれしいです(*´□`*)♪ ※実はこっそり隠れてツイッターもやっています。あまり見られたくないですが、もし見つけたらリプくれると喜びます! 当サイトについて 動画は最近放送されたアニメを中心に( ´∀`)マターリ紹介しています。管理人の気まぐれや人気記事ランキング、リクエストなどを参照して過去のアニメも更新してます。最近はニコ動などのMAD動画やYouTubeなどにあるOP&EDもバリバリ更新!事前に動画共有サイトから埋め込みタグを取得しているので、他サイトに移動する必要はありません。再生マークをポチっとするだけでOK.゚(*´∀`)b゚+.゚ veoh アニメ動画専用。再生マークを一回押したら見れます。削除されている場合も結構あります。30分以上だと5分間しか見れませんが、ほとんどのアニメは30分以内なので全部見れます。→ Ranking MEGA アニメ動画専用。再生マーク赤をポチっとしたら、広告といっしょにもう一度表示されるので、再生マーク緑をクリックすると再生できます。あまり削除されません。72分間連続視聴すると動画が見れなくなりますので、その場合は54分空けてから見て下さい。また通常は1日に10本までしか見れません。→ Ranking YouTube アニメ動画やMAD動画など。再生マークを一回押したら見れます。アニメ動画の場合は削除されることが多々あります。MAD動画の場合はなるべくコメント付きのニコニコ動画で見ることをお勧めします。YouTubeだけで紹介(そんな時期がありました…)しているアニメ動画のページは、かなり削除済み多数です(*_ _)人ゴメンナサイ。全部はとても対応できそうにないので、どうしても見たい動画は【リクエスト】してください。→ Ranking ニコニコ動画 MAD動画など。再生マークを一回押したら見れます。削除されている場合もたまにあります。通常は登録しないと見れませんが、埋め込みなのでログイン不要です。コメントに慣れてない人は右下の吹き出しマークをクリックして非表示にしてみてください。広告は×を押して消して下さい。→ Ranking コメントについて↓一部更新しました!(9/23) いつもたくさんのコメントありがとうございます!遅くなる事もありますが、すべて読ませてもらってます♪ 少し注意事項です。動画ページには各ページ中部に感想を書くためのコメント欄がありますが、最近そのコメント欄に「動画が見れない」などのコメントが目立ちます。そのような視聴不可報告は【リクエスト・視聴不可・不具合報告】にコメントしてください。それ以外のページの視聴不可報告は見落としてしまって対応できないことがあります。ご協力よろしくお願いします。 上の注意事項は一部の方です。みんなの感想や応援のコメントには本当に感謝しています!励まされます!アリガトウ(●´∀`●)ノ 見れない時は… veohとMEGAの両方とも削除済みで見れない時は【視聴不可報告】にコメントして頂けると助かります。 動画の視聴に便利なサイト ■GOM PLAYER:MP4やFLV動画の再生ソフトです。DVD,AVIなどの再生にも対応しています。 ■GOM ENCODER :対応ファイル形式が豊富なカンタン高速動画変換ソフトです。PSP/iPod/iPhone/WALKMANなどに対応。 ■バンディカム:CPUの占有率が低く、キャプチャー中でもゲームがカクカクしません。無料動画キャプチャーソフトの新定番です。 動画を見る前or後に押してくれるとうれしいですd(≧▽≦*d) ニコニコ動画 このページのタグ YouTube アニメ 無料 動画MAD 涼宮ハルヒの憂鬱 涼宮ハルヒの憂鬱 受難シリーズ 涼宮ハルヒMAD 古泉一樹 初回コメ非表示推奨 第2回ニコニコ紅白MAD合戦「白組」 suzuka もっと評価されるべき コメント(感想) 動画涼宮ハルヒの受難に関するコメントを気軽に書いてください♪ 名前 クリック単価、広告の種類、管理画面の使いやすさなど総合的に判断しても1番オススメです(●`・v・) 今日の人気ページランキング にゃんこい! 第4話「美しい人」 おまもりひまり 第2話「海ねこスクランブル」 クレヨンしんちゃん シロをレンタルするゾ 昨日の人気ページランキング 荒川アンダーザブリッジ OP「ヴィーナスとジーザス」Full らき☆すた 第14話「ひとつ屋根の下」 【マイムマイム】マサオミマイム【紀田正臣】 君に届け 第13話「恋」 屍鬼 コメント/ひだまりスケッチ×365 第11話「9月28日 パンツの怪」 デュラララ!!ラジオ 略して デュララジ!! 第1回 デュラララ!! 公式パーフェクトガイド けいおん!の歌のシーンを集めてみた
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涼宮ハルヒの直列 【すずみやはるひのちょくれつ】 ジャンル 非日常直列アドベンチャー 対応機種 ニンテンドーDS メディア DSカード 発売元 セガ 開発元 AQ インタラクティブ 発売日 2009年5月28日 定価 5,040円(税込) プレイ人数 1人 レーティング CERO A(全年齢対象) セーブデータ 3個 判定 なし ポイント 並列の前日憚ADVとパズルの融合膨大なパターンのサブイベント 涼宮ハルヒシリーズ 概要 システム ADVパート パズルパート(解決パート) その他 評価点 賛否両論点 問題点 総評 余談 概要 SF・学園ものをテーマにした角川スニーカー文庫のライトノベル『涼宮ハルヒシリーズ』を原作とするアドベンチャーゲーム。 涼宮ハルヒが怪奇現象に出会うために合宿を開く、というのが本作のあらすじ。原作にはないゲームオリジナルストーリーである。時系列としては同時期に発売されたゲーム『涼宮ハルヒの並列』より少し前の話である模様。 同名のタイトルでアニメ化されており、本作はアニメをベースとしたグラフィックで構成されている。 ADVゲームとマインスイーパーを髣髴とさせるパズルゲームが融合したシステムが特徴。 ADVパートでの主人公(キョン)の行いに応じて、パズルゲームパートの難易度が左右されるという形式を取る。 システム 5章仕立て。EPISODE1~5を最後まで読み進めると本作は一応クリアしたこととなる。 概要の通り、大きく分けてADVパートとパズルパートに分けられる。 ADVパート ハルヒを除くSOS団員に対して、役割を指示する所から始まる。具体的にはハルヒに同行する係、裏で情報収集する係等を割り振る。 割り振った後は、プレイヤーはキョンの視点で行動することとなる。 キョンと同じ係に任命されたキャラクターは、ADVパート中の会話に介入することとなる。 パズルパート(解決パート) ハルヒが知らず知らずのうちに作り出した異空間を消し去るという内容。諸事情によりハルヒに異空間を目撃されてはいけない。 解決パートの流れ 鳥瞰図で描かれた正方形マップ上で異空間(怪奇現象)に遭遇しているキャラを操作。異空間の根源である「特異点」を見つけ出しモップ(*1)で掃き消す。 キャラにとらせられる行動は移動、範囲調査、ポイント調査、モップの4種類。いずれもタッチペンで行う。 遠くの正方形をタッチペンで触るとそこに向かってキャラが歩いて移動する。 立っている場所をタッチすると「立っている場所1マス」+「周囲の8マス」=計9マスを分析し、そこに特異点が有るか無いか判断する。具体的には特異点が近くにあると「!」が浮かび上がる。複数あれば「!!」になったりする。 発見しただけでは消すことが出来ず、消す前に実体化させなくてはならない。調査アイコンがONの状態(DS下画面左上の虫眼鏡が輝いている状態)で、今たっている場所およびその周囲の9マスのどれかをタッチすると、タッチしたポイントを詳しく分析。この工程でようやく特異点を実体化できる。 ポイント調査を行って特異点を実体化させる。実体化させた特異点はマップ上に画鋲といったアイコンで表示されるようになり、タッチペンでこすり続けることでようやく消すことが出来る。 全ての特異点を消すか、ハルヒが異空間に気づいてしまう時点にてノルマの数だけ消去していればクリア。 ハルヒメーター ハルヒメーターは、ハルヒが超常現象に対してどれほど興味を"失っているか”を0~100%で示すメーター。ハルヒメーターが低い(超常現象に興味がある状態)だと、解決パート時の制限時間が減ってしまう。 ハルヒが飛びつきそうな関係のない話題を振ったり(会話選択肢による)、ハルヒを単独行動させずキョンを同伴させることで、ハルヒメーターの低下を防ぐことが出来る。 制限時間のゲージ ハルヒがどれだけ異空間に迫ってきているかは画面上のゲージで大まかに表示される。 ハルヒがゲージ中の特定のところまで進むと「イベント」「アクシデント」が発生(トピックにて詳細を後述)。残り制限時間が変動する。 トピック 解決パート時、制限時間を底上げする、または解決パートの難易度を低下させるためのアイテム。 キャラを特定の組み合わせで役割分担させたり、ADV中に特定の選択肢を選ぶことで入手可能。 解決パートで起こる「イベント」では、ハルヒと同行しているメンバーが時間稼ぎし、残り制限時間の底上げをする。具体的には異空間に迫るハルヒに対して同伴するキャラが気をそらすような話題を振るイベントが挿入される。 「アクシデント」では、ハルヒが異空間に興味を持つようなイベントが発生。ペナルティとして残り制限時間が大幅に減少する。対応したトピックを所有していることで追加のイベントが発生して時間減少効果を不発にできる。 セーブ セーブスロット数は3つ、"詰み"を回避するため、一度に3つすべてのスロットにセーブ出来ないように措置がなされている。 EPISODEクリア時、解決パート突入時のタイミングでスロット1かスロット2にセーブ可能。 テキストを読んでいるときの中断セーブではスロット3が使われる。 その他 EXTRA EPISODE1クリア時に特典コーナーを閲覧可能になる。本作で遭遇したイベントスチル、BGMを閲覧・視聴できる。 EPISODE4クリア時にミニゲームとして「詰めチェス」も盛り込まれる。詰めチェスの問題には、プロの監修が入っており経験者にもなかなか歯ごたえのある難易度となる。 評価点 原作の世界観をきちんと守っている キャラクターの言動は原作と特に矛盾がない。 怪現象を目の当たりにしたくて猪突猛進するハルヒ、怪現象を難解な言葉でキョンに解説する長門、怪現象を理解した上で達観している古泉、おびえ要因兼マスコットのみくるはいつもどおりである。 移り気がちなハルヒの奇行はADV中では、上手に「アクシデント」というお邪魔イベントとして再現されている。 アニメーション演出 アニメ版とはまた別の本作オリジナルのOPテーマが挿入されている。アニメーションもある。 原作アニメ準拠のイベントスチルが多数挟まれる。立ち絵もアニメ版準拠であり、キャラクターの感情にあわせて細かく動いてくれる。 賛否両論点 ADVとPZLというジャンルを両立している ゲーム中に2ジャンル遊べるだけにとどまらず、ADVでの行いがPZLの難易度に影響する。ゲームとしては間違いなく奇抜な試みといえる。 その代わり、シナリオはほぼ1本道であり、ADVと考えると物足りない。PZLでゲームソフトの要領を食われたといわざるを得ない。 原作の知識が必要 主要人物に関して、性格や特殊能力などをひととおり説明はしてくれるのだが、それ以外の細かい原作ネタまではあまりゲーム中で説明されない。 本ゲームの物語よりも前の時系列に起きた出来事等はゲーム中では詳しく説明されないし、出来事を知っている前提でゲームのお話が進む。 シナリオの世界観が薄っぺらくはならないが、原作未読層にはやさしいとはいえない。 シナリオのパターンが非常に多い ADVパートではキョンと誰を共に行動させるか、キョンを現地調査に行かせるか、裏方の準備をさせるかによって、見られる会話が多種多様に変化する。 パターンが多いことはADVとしては長所といえるのだが、本筋のシナリオにはほとんど影響しない。網羅するためには何度も周回して、変化しない本筋のシナリオを何度も見返すこととなる。 問題点 体感的なボリュームが多いとはいえない 物語は5話分しかない。内容も学校の七不思議を1話ごとに1つ解決していくような流れなので、若干作業的に感じられる。 何周もさせていろいろな分岐、イベントを見ていく構造となっているが、大筋の物語はほぼ変化しない。 ハルヒメーターの増減がほぼ不規則 ADVパート中に選択肢が発生することがあるが、どれかの選択肢を選んだ直後に、変動するわけではない。ひとつのルート中でも球に上がったり下がったりするためハルヒメーターの増減を予測することはほぼ不可能。 一応ハルヒとキョンを一緒に行動させれば、ハルヒメーターを高く維持できる傾向にはある。 話が小難しい もっともこれは原作らしさでもある。主人公たちが怪奇現象に遭遇する、それをハイレベルの科学目線で説明する、といった流れがあり、こういったところを楽しめないと本作をプレイする上での障害となりうる。 「真贋」や「邁進」といった日常会話ではまず登場しないような単語も振り仮名なしでテキストに組み込まれる。 正体不明の少女 本作はWiiの『涼宮ハルヒの並列』の前日憚にあたり、並列に出てくるキャラクターである白い帽子の少女が登場するシーンがある。 並列をプレイしないと少女の正体がわからず、本作だけでは、「作中で起こるトラブルに絡んでいるかもしれない…」といった情報しか出ていない状態でシナリオが完結してしまう。 もっとも彼女について分からなかったところで、シナリオの本筋が意味不明になることはないため、そこは安心されたし。 総評 ADVとPZLを混合した異色のゲーム。ADVが割を食った感は否めないが、ADVに影響を受け二転三点するパズルはゲームの中でも独特な特徴を持っている。 シナリオは基本的に原作の知識を持ってプレイすることが望ましいため、ファン向けの属性が強い。 余談 当初は『涼宮ハルヒの並列』と同時発売の予定だったが、本作だけ発売時期が遅くなっている。
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一体、何がどうなっているのか。 この状況下を理解できている奴がいるならとっとと俺の前に来てくれ。すぐには殴らないから安心しろ。 洗いざらい聞き出してからやるけどな。理解できるのは首謀者以外ありえないからな。 『一度しか言わないので、聞き逃さないようにしてください』 そう体育館内に聞き覚えのない声が響き渡る。 まず、状況を説明しよう。俺たちは今体育館にいる。外は薄暗く、窓から注がれる月明かりしか体育館内を照らすものがないが、 それで体育館内の壁に立て掛けられている時計の時間がかろうじて確認できた。1時だそうだ。午後ではなく午前の。 体育館内には北高生徒が多数いた。皆不安そうな表情を見せつつも、パニックを起こすまでには至っていない。 何でそうなる可能性を指摘しているのかと言えば、俺たちがどうしてこんな夜中に体育館にいるのかがさっぱりわからないからだ。 俺は確かベッドに潜り込んで寝たはずだ。次の瞬間、気が付いたら体育館の中と来ている。 夢遊病でも制服まで着込んでこんな遠くまでくるなんてありえないし、大体これだけの大人数が突然夢遊病に かかって同じ場所に集結するなんて絶対にあり得ないと断言できる。ならば、これは何者かがしくんだ陰謀と見るべきだろうな。 それも、普通の人間の仕業ではなく、いつぞやの雪山で起きた建物に俺たちを閉じこめてレベルの連中が仕掛けたのだろう。 俺もここまで冷静な思考ができるようになっていたとはうれしいよ。 『ルールは簡単です。今から3日間、あなた達が生き残れば何もかも元通りになります。しかし、全員死んでしまった場合、 この状況が現実になってしまいます。ようは一人でも生き残れば、例えその他の人が死んでもそれはなかったことになり、 一人も残れなかった場合は全員死んだままになると言うことです。あと助けを求めようとしても無駄です。 現在、この空間にはこの施設内以外には人間は一人も存在していません。電話も通じません』 一方的すぎる上に訳がわからん。どうしてこんなことになってしまったのか。前日を思い出してみるか。 ◇◇◇◇ 季節は春。3学期も半ばにさしかかり、残すイベントは球技大会ぐらいになっていた。 俺たちはいつも通りにSOS団が占領下においている部室に集まって何気ない日常を送っていた。 放課後になって、朝比奈さんのお茶をすすりつつ、古泉とボードゲームに興じる。 ワンパターンと言ってしまえばそれまでだが、平穏であることを否定する必要もない。 「おい、ハルヒ」 相変わらず激弱な古泉をオセロで一蹴したタイミングで、俺はあることを思い出してハルヒを呼んだ。 退屈そうにネットをカチカチやっていたハルヒは、 「なーに?」 「今度、球技大会があるだろ? おまえも参加しろよな」 「いやよ、めんどくさい」 とまあつれない返事を返されてしまった。ちなみにこうやって参加を促しているのは、 別にスーパーユーティリティプレイヤー・ハルヒを参加させてクラスに貢献!なんて考えているわけではなく、 クラスメイトの阪中からハルヒを誘ってほしいと言われたからである。 最初は戦力としてほしいから言っているんだろうと思ったが、もじもじしている阪中を見ていると どうも別の理由があるらしい。ま、いちいち他人のことに口を出してもしょうがないし、 阪中自身が言いづらいから俺のところに頼みに来ているのだろうから、快く引き受けておいたがね。 「おまえな……たまにはクラス行事に参加しろよ。いつまでも腫れ物扱い状態で良いのか?」 「べっつに構わないわよ。気にしないし。大体、球技大会ってバレーボールじゃない。そんなありきたりのものに 参加したっておもしろくもないじゃん。南アルプスでビッグフット狩り競争!ってのなら、喜んで参加するわよ」 「そんな行事に参加するのはお前くらいだ。おまけに球技大会ですらねえよ」 俺のツッコミも無視して、良いこと思いついたという感じにあごをなでるハルヒ。 このままだと春休みにはアルプスに連れて行かれかねないな。 「あー、でも一般客も見に来たりするんだっけ? それなら、クラスじゃなくてSOS団としてなら参加して良いわよ。 いいアピールにもなるしね。ユニフォームのデザインはまっかせなさい!」 「勝手に変な方向に話を進めるな!」 俺の脳裏に、開会式にSOS団が殴り込みを掛ける映像が再生される。それも全員がハルヒサナダムシ風ユニフォームを着込んで いや、朝比奈さんだけは別か。何を着せられるのやら。ハルヒなら本気でやりかねないから冗談にもならん。 「やれやれ……」 難しいとは思っていたが、こうも脈がないとハルヒ参加は無理みたいだな。阪中には明日謝っておこう。 で、その後は古泉とのボードゲームを再開。夕方になって全員で帰宅モードへ移行。何気ないいつもの一日だった。 ただ、少し気になったのは部室内にいる間、少し様子のおかしかった長門だ。何かを問いかけられた訳でもないのに どうも数センチだけ頭を傾ける仕草を頻発していたのが少し気になっていたので、 「……長門。どうかしたのか?」 帰り道でハルヒに気づかれないように聞いてみる。長門はしばらく黙っていたが、 「情報統合思念体とのアクセスが不安定になっている。原因不明。私自身のエラーなのか、外部からの妨害なのかも不明」 「また、やっかいごとか?」 「回答できない。情報があまりに不足している。帰宅次第、調査を続行する」 「そうか」 俺は嫌な予感を覚えていた。特に長門自身のエラーということについて、つい敏感に反応してしまう。 あの別世界構築騒動の再来になりかねないからだ。 と、長門が俺に視線を向け続けていることに気が付く。そして、俺の不安を察知したのか、 「大丈夫。前回と同じ事にはならない。私がさせない」 きっぱりと言い切った言葉に俺はそれ以上不安を覚えることはなかった。 で、その後は夕飯を食って、部屋で適当にごろごろして、ベッドに潜り込んだ…… ◇◇◇◇ 『校舎と校庭の方にはたくさんの武器が置いてあります。自由に使って構いません。あと、本日午前6時までは何も起こりません。 では、がんばってください』 そこまで言うと、声が止まった。生徒達のひそひそ声がかすかに聞こえるようになる。 昨日のことを思い出してみたが、おかしかったのは長門の様子ぐらいだ。確かに、雪山でも長門の異常とともに、 あの洋館に押し込められたっけか。今回も同じと言うことなのか? 「やあ、あなたも来ていましたか」 考え事をしていたため、目の前のスマイル野郎の急速接近に気が付かなかったことが悔やまれる。 古泉の鼻息が頬にあたっちまったぜ、気色悪い。 俺は微妙な距離を取りつつ、 「ああ、本意どころか、夜中の学校に迷い込んだ憶えもないがな。お前も同じか?」 「ええ、気が付いたらここにいたという状態です。してやられましたね。油断していたわけではありませんが」 そう肩をすくめる古泉だ。ニヤケスマイルはいつも通りだが。 「キョン!」 「キョンくん~!」 「やっほー!」 と、今度は背後から聞いたことのある声が3連発だ。最初のがハルヒで次に朝比奈さん、最後は鶴屋さんだな。 振り返らなくてもわかるね。で、その中には長門もいると。 「全くなんなのよ、これ! 誰かのいたずらにしては大げさすぎない? 人がせっかく暖かい布団でぬくぬくしていたのにさ!」 そうまくし立て始めるハルヒ。こいつにとっては燃えるシチュエーションのはずだが、 寝ていたところをたたき起こされた気分のようで、すこぶる荒れているみたいだな。 「こ、これなんなんですかぁ~。どうしてあたし、学校の体育館にいるんですかぁ?」 涙目でおろおろするばかりの朝比奈さん。これはこれで……ってそんなことを考えている場合じゃない。 俺は即座にこの状況を唯一理解できそうな長門の元へ行く。 相変わらずの無表情状態だったが、少し曇った印象を受けるのは闇夜の所為ではないだろう。 「おい、長門。これは昨日言っていた異常の続きって奴か?」 「…………」 俺の問いかけに長門は答えなかった。もう一度同じ事を聞こうとして、彼女の肩をつかむと、 「情報統合思念体にアクセスができない」 長門はぽつりと言った。あの親玉にアクセスができない? となると、ますます雪山と同じ状況じゃないか。 「ちょっとちょっとキョン! 何こそこそやっているのよ! まさか有希をいじめているんじゃないでしょうね!」 人聞きの悪いことを言いながら俺に詰め寄るハルヒ。こんな状況でいじめる余裕がある奴がいるなら会ってみたいけどな。 そこに、古泉が割って入り、 「まあまあ。けんかをしている場合ではないでしょう。それにこれ以上、体育館にいても仕方ありません。 とりあえず、外に出てみませんか? どうやら、これをしくんだ者からのプレゼントもあるようですし」 「そうね」 ハルヒは素直に古泉の提案を受け入れ、体育館の出入り口に向かう。 「ひょっとしたら、辺り一面砂漠になっていたりして! なんだかワクワクしてきたわ!」 もうハルヒはこの状況を受け入れつつあるらしい。らしいといえばらしいが。 ふと気がつくと、今までひそひそ話をする程度だった他の生徒たちも俺たちについてくるように、 体育館の出入り口に向かって歩き始めていた。一様に不安そうな表情を浮かべているものの、 特に錯乱するような奴はいない。なんだ? おかしくないか? どうして誰も泣いたりわめいたりしない? 「気づいたようですね」 またニヤケ男が急接近だ。しかも、耳元に。吐息が当たって気色悪いんだよ! 「何がだ」 「他の生徒の様子ですよ。まるで落ち着いている。ちょっと動揺しているように見えますが、 表面上だけです。訓練された人間でもこうはいかないでしょう」 「そのようだな。でも、ひょっとしたらみんな肝が据わっているだけかもしれないぞ」 「それはありえません。あなたが初めて涼宮さんに絡んだことに出くわした時を思い出してみればわかるはずです。 しかも、ざっと見回す限り1学年のみの生徒がいるようですが、それでも数百名のうち一人も錯乱しないわけがありません」 「何が言いたい?」 「まだ結論を出すには早いですが、何らかの人格調整を受けたか、あるいは――」 古泉は強調するようにワンテンポおいて、 「姿形だけ同じで、中身は全然別物かもしれませんね」 そこまで言い終えた瞬間、俺たちは体育館から外に出た。 ◇◇◇◇ 「なに……これ」 呆然とハルヒがつぶやく。俺も同じだ。驚きを通り越してあきれてくるぞ、これは。 体育館から出てまず気がついたのは、武器の山だ。体育館の周りに所狭しと銃器が山積みになっていた。 俺は思わずそれを一つとり、 「M16A2か。状態も良さそうだ」 そう知りもしないはずなのにつぶやく。さらに安全装置などを調べている間に、俺ははっとして気がつく。 「なあ古泉。俺はいつからミリタリーマニアになったんだ?」 「さて、僕もあなたのそんな一面を今までみた覚えはありませんが」 古泉も同じようにM16A2を手慣れた感じに、チェックしている。当然だ。俺は映画以外では鉄砲なんて みたこともないし、ましてや撃ったこともない。さわったことすらない。しかし、なんだこの手慣れた感触は。 使い方、撃ち方、整備の仕方までどんどん頭の中に浮かんでくるぞ。どうなっているんだ一体! 「みてください。弾丸の詰まったマガジンも山積みです。どこかと戦争になっても一年は戦えそうですよ」 しばらく古泉は表情も変えずに古泉は武器の山を眺め回していたが、やがてそばにいた長門となにやら話し始めた。 「キョンあれ見てアレ!」 ハルヒが興奮気味に指したのは、校庭だ。そこには10門の火砲――120mm迫撃砲と、 一機のヘリコプター――UH-1が置かれている。って、やっぱりすらすら知りもしない知識が沸いて出てきやがる。 「なによこれ、いつから北高は軍事基地になったわけ?」 なぜか不満そうなハルヒ。あまりこっちのほうは好みではないのか? そんな中、朝比奈さんは不思議そうに無造作に並べれられている迫撃砲の砲弾を突っついている。 「うわ~、何ですかこれ? 初めて見ましたぁ~」 「こらみくる、さわると危ないよっ! 爆発するかもしれないんだかさっ!」 「ば、バクハツですかぁ!?」 びっくりして縮こまる朝比奈さんとおもしろそうにマガジンの山をつっついている鶴屋さん。まあ、鶴屋さんがいれば 大丈夫だろ。 「おい、これって俺たちに戦えってことじゃないのか?」 突然、聞き覚えのない声が飛んできた。さらに、 「さっき、体育館で聞いたじゃない。3日間生き残ればいいって。きっと敵が襲ってくるのよ!」 「おいおい、俺は殺されたくねえぞ」 「そうよそうよ! 徹底抗戦あるのみだわ!」 突然俺たち以外――SOS団に関わりのない生徒たちが盛り上がり始めた。そして、次々とM16A2を手に取り、 構えたり、チェックをはじめやがった。何なんだ、何だってんだ。どうして、誰も疑問に思ったり拒否反応を示したりしない? おまけに俺と同じように知っているかのように扱っている。 さらに、狂った状況が続く。 「でも、ばらばらに戦っていちゃだめだ! 指揮官がいるな!」 「そうね!」 「誰か適任はいないのか?」 「そうだ! 涼宮さんなら!」 とんでもないことを言い出す奴がいたもんだ。よりによってハルヒだと? 一体どんな奴がそんなばかげたことを言い出したんだと声の方に振り返ると、そこには文化祭でドラムをたたいていた ENOZのメンバーの一人がいた。 当のハルヒはきょとんとして、 「あ、あたし?」 そう自分を指さす。さすがのハルヒでも状況が理解できていないらしい。 「そうだよ! 涼宮ならきっと俺たちを導いてくれる!」 「お願い涼宮さん! 指揮官になって!」 「俺も頼む! おまえになら命を預けられる!」 『ハルヒ! ハルヒ!』 「ちょ、ちょっと待っててば!」 と、最初こそしどろもどろだったが、やがて始まったハルヒコールにだんだん気分がよくなってきたらしい。 だんだん得意げな顔つきになってきたぞ。 「ふ、ふふふふふふふふ」 ついには自信に満ちあふれた笑い声まで発し始めやがった。 「わかったわ! そこまで頼られちゃ仕方がないわね! このSOS団団長涼宮ハルヒが指揮官としてあんたたち全員を 守ってあげるわ! このあたしが指揮する以上、どーんと命を預けてもらっていいわよ! アーハッハッハッハ!」 そうやって生徒たちの中心で拳を振り上げるハルヒ。あまりの展開に頭痛がしてきたぞ。 額を抑えていると、長門と密談を終えたらしい古泉がまた俺に急接近してきて、 「大丈夫ですか?」 「ああ、今ひどい茶番を見た」 微妙な距離を保ちつつ答える。古泉はやや困ったように表情を変え、 「それには果てしなく同意しますね。しかし、この強引すぎる茶番劇でしくんだ者の大体目的が理解できました」 「頭痛が治まったら聞いてやる……ん?」 ふと俺の目に二人の生徒がこの茶番劇な流れに逆行するようにこっそりと移動しているのが入ってきた。いや、正確に言うと、 一人が逃げるように移動し、もう一人がそれを追いかけているみたいだ。まあ、思いっきり見覚えのある奴なんだが。 「まずいよ、勝手に逃げ出しちゃ」 「馬鹿言え! こんなばかげた催しに参加してたまるか! おまけに総大将が涼宮だと? 冗談じゃねえよ!」 「でも、なんだかおもしろそうだよ? すごいものがいっぱいあるし」 学校の塀を必死に上ろうとするが、どうしてもうまくいかない谷口。そして、それをやる気なく止めようとする国木田。 何というか、この意味不明空間に閉じこめられてから、初めて正常と思える人間にであったな。 「おい、何やってんだ谷口。それに国木田も」 そんな二人に向かって声をかけると、谷口の野郎がまるで鬼でも見るような目で、 「く、くるなキョン! いや、別におまえに恨みはないが、セットで涼宮がついてくるかもしれないからな! 今は見逃してくれ! 頼む! 明日弁当をおごってやるから!」 もう谷口は今にも泣き出しそうだ。まさに普通の反応。安心するどころか癒されるね。まさかアホの谷口に 癒しを求める日がこようとは。 「まあ、落ち着け。いや、落ち着かないほうがおかしいけどな」 「どっちだよ」 すねた表情で谷口が抗議する。俺ははいはいと手を振りながら、 「とにかく、逃げだってどうにもならんだろ。ここがどこなのかもわからんしな。それにさっきの超不親切放送を信じるんなら、 3日間学校に閉じこもっていれば、何もかも元通りとのことだ。それなら学校のどっかに隠れていた方がマシだろ」 「僕もそう思うよ。別に殺されると決まった訳じゃないし」 国木田がうなずいて俺に同意する。しかし、谷口は聞く耳も持たず、またロッククライミングを再開して、 「うるせえ! そんなの信用できるか! とにかく俺は逃げる! 誰も知らないところで隠れて3日間逃げ切ってやるからな!」 わめきながら谷口はようやく塀を乗り越えようとした瞬間―― 「うわわわわわっ!」 情けない悲鳴を上げて、背中から落下する。 咳き込む谷口の背中をさする国木田を背に、俺もとりあえず塀を上ってみる。一応何があるのか確認しておきたいからな。 「……なんてこった」 塀を乗り越えた俺の目に広がったのは、絶望的に広がった暗闇だ。夜だからではない。学校の塀が断崖絶壁になり、 それよりも向こう側には何もなかった。崖のそこは暗く何も見えない。まさに底なしだ。落ちたらどうなるのか。 試してみたい気もするがやめておこう。 「畜生……なんてこんな目に……」 すっかり逃げる気も失せた谷口は、肩を落として地面に座り込んでいた。一方の国木田はいつものまま。 マイペースな奴だ。 俺はとりあえずハルヒの元に戻ることにした。谷口ももう逃げようとはしないだろうし、あとは国木田にでも任しておけばいい。 しかし、体育館入り口に戻った俺はさらに驚愕する羽目になった。 「ほらほらー! 時間がないんだからちゃっちゃと運びなさぁい! そこ! それ落としたら爆発するかもしれないから、 慎重に扱ってね! さあビシバシ行くわよ!」 校庭のど真ん中にたったハルヒが、メガホン片手に生徒たちを動かしていた。そこら中に散らばっている銃器や砲弾を 学校の校舎内や体育館に運び込ませさているらしい。実際、野ざらしだとどんなはずみで暴発するかわからんから、 ハルヒの判断は間違ってはいないが、すっかり指揮官なりきり状態にはいささか不安を覚える俺だった。 ◇◇◇◇ 「さて! じゃあ、SOS団ミーティングを始めるわよ!」 ハルヒの威勢のいい声が部室内に広がる。最初のとまどいもどこにやら、完全にいつものペースに戻っているようだ。 おまけに総大将とかかれた腕章まで着けている。すっかりその気になっているみたいだな。 全生徒総出での片づけがようやく終了して、現在午前4時の部室内にいるのは、 SOS団のメンバー+鶴屋さんの総勢6名である。 総大将ハルヒはどうやらSOS団関係者を中心としてこの事態を乗り切るつもりらしい。 「とにかく、このよくわかんない状況をとっとと終わらす必要があるわね! さっき体育館でなんて言っていたっけ? 古泉君」 「3日間一人でも生き残れば、その間にあったことすべてが無効となって、元の世界に戻ることができる。 しかし、全員死んでしまった場合はこの3日間の間に起こったことがすべて事実になる。ということのようでした。 あと、午前六時――あと一時間後までは何も起きないとも言っていましたね。それに我々以外の人間は存在せず、 助けを求めようとしても無駄だとも」 さわやかに答える古泉。ハルヒは満足げにうなずき、 「そう! それよ! さすが古泉君ね!」 なにが、さすが古泉なのかわからんが、そんなことはどうでもいい。 「おい、ハルヒ。ちゃんと状況を理解しているのか? 体育館で一方的に言われた内容だと、これから俺たちは 命をねらわれるということになるんだぞ。いつもの不思議探検ツアー気分でやっているんじゃないだろうな?」 「わかっているわよ、そんなこと」 当然だとハルヒ。さらに続ける。 「まあ、いつもならこんな訳のわからない超常現象に遭遇してワクワクしているかもしれないけど、 はっきりいってシチュエーションが気にくわないわ。仕掛けてきたのが宇宙人なのか未来人なのか異世界人なのか 知らないけどこんな不愉快な接触をしてくるなんてナンセンスすぎ! 説教の一つでもしてやらないと!」 これでハルヒが望んだからこんなけったいなことに巻き込まれたというのはなしだな。 ますます雪山の一件と同じになってきた。 ハルヒは仕切り直しというようにわざとらしく咳き込んで、 「まず、これからどうするかよね。有希、何か良い意見ある?」 何で真っ先に長門に聞くんだ。確かに一番適任かもしれないけどな。 話を振られた長門は、数センチ頭を傾ける動作をしたまま無言だった。 ハルヒはそれをわからないというポーズと受け取ったようで 「そっか、有希に聞いても仕方ないわね。じゃあ、古泉君は?」 今度は古泉に話を振るが、それに割り込むように鶴屋さんが大きく手を挙げ、 「はーい! やっぱさ、ここは偵察所を兼ねた前線基地を作ったほうがいいと思うねっ! 話を聞く限りだともうすぐこの学校は何かにおそわれるってことだけど、いきなり本拠地である学校への 襲撃を許したらまずいと思うんだっ! だから、少しでも敵を学校から引き離すためにさっ!」 「すばらしいわ、鶴屋さん! それ採用よ!」 はい、あっさりと終了。何気に息がぴったりな二人だな。しかも、鶴屋さん。 そんなことをすぐに思いつけるなんて、いくら名家の人とはいえこういった戦闘的な経験はあったりしませんよね? 話を振られようとしていた古泉も珍しく苦笑いを浮かべつつ、 「僕も賛成です。このままじっとしているだけでは、敵に叩かれるだけでしょうね」 俺はちらっと長門の方を見るが、相変わらずの無表情だった。とりあえず、口を開かないと言うことは 同意しているととっておくことにしよう。 俺も特に異論もないので、鶴屋さん案に同意する。 「なら決まりね! じゃあ、早速作戦を立てましょ」 そう言ってハルヒが机に広げたのは学校周辺の地図である。ただし、北高のすぐ左側を縦に黒いライン、また同じように 北高の敷地の南側に沿うようにも同じようにラインが引かれている。さっき谷口が腰を抜かした断崖絶壁を 表しているラインであり、屋上から確認したところ、北高より西側と南側はまるで何かに切り取られたように なくなっていた。よって、敵が襲ってくるなら北高よりも北西となる。 さて、こんな地理関係でどこに前線基地をつくればいいのかと考えてみる。というよりも敵がどこから襲ってくるのか 予測しなければ、前線基地の意味もないのでそっちが先決だな。 「北高の北側は住宅街です。見通しがききづらいので、民家を陰に接近されやすいでしょう。東側は森がありますが 幸い校庭に面しているため、即刻学校にとりつかれることはありません。校庭に侵入を確認した時点で 迎撃することが可能かと」 「なら北側しかないわね。でも、どこにするのがいいのかしら」 古泉の意見を取り入れつつ、ハルヒは北高の北側一帯を指でなぞる。そんな中、ちらちらとハルヒが目をやっているのは、 北山公園だ。そこそこ広範囲な森で隠れるならうってつけの場所だろう。 「そうなると、ここが最適じゃない?」 ハルヒが赤いサインペンで丸をつけたのは、北側に東西に延びるようにたてられているサンハイツと呼ばれる建物だ。 良い感じに北高をカバーする防壁のように立ち並んでいる。 「問題ないと思うよっ! ここなら建物沿いに学校へ移動してきてもすぐに発見できるんじゃないかなっ。学校からも すごく近いし、移動も簡単だと思うよっ!」 鶴屋さんが賛同するんで、俺も適当に賛同しておく。こういった頭を使うものは俺なんかよりもハルヒたちに任せておけばいい。 「ちょっとキョン! さっきから他人の意見ばっかりにハイハイしたがってないで、自分の意見を言ったら!?」 いつも人の意見を聞かないくせに、こんな時ばかり聞かないでくれ。どのみち、ハルヒや鶴屋さん以上の意見なんて 全く思いつかないんだからな。 「……まあ、いいわ。じゃあ、これで前線基地は決まりね! 次はお待ちかねのみんなの役割を発表するわよ!」 何がお待ちかねだ。一番胃が痛くなるやつじゃねえか。こいつが決めた物は大抵ろくな配分になっていないからな。 とくに俺と朝比奈さんは。 ハルヒは満面の笑みを浮かべて、懐から一枚のメモを取り出して机に広げた。 ● 総指揮官 涼宮ハルヒ(もちろん、すべての作戦を統括する一番偉い人!) ● 副指揮官 長門有希 (戦況を判断して的確に指示を出すSOS団のブレーン) ● 小隊長 古泉君 (30名の部隊を引き連れて前線で戦う人) ● 小隊長 鶴屋さん (30名の部隊を引き連れて前線で戦う人) ● 小隊長 キョン (30名の部隊を引き連れて前線で戦う人) 以上、これがメモかかれていたことである。総指揮官、副指揮官ときて次に小隊長かよ。階級差が飛びすぎだろ。 それになんか俺が前線で戦う人にされているし。 不満そうにしている俺に気がついたのか、ハルヒはしかめっ面で、 「何よ。 なんか不満でもあるわけ? いっとくけど、総指揮官であるあたしの命令は絶対よ! ハートマン軍曹より 厳しいからそのつもりで!」 放送禁止用語を連発するハルヒを想像してしまって吹き出しそうになるが、あわてて飲み込む。 「完全に数えた訳じゃないけど、体育館にいたのは一学年全員ぐらいはいたわ。となるとざっと数えて270人がいるわけ。 幸いみんな協力的だから、戦力として数えられるわけよ。で、そのうち5割を戦闘員として、キョンたちが指揮して、 残りは補給とか片づけとかの役割に回すわ」 続けるハルヒに少し安堵感を覚えた。さすがにSOS団VSコンピ研の対決の時のように突撃馬鹿になるつもりはないようだ。 ところでだ、メモ最後にかかれているのはいったい何だ? 「あのぅ……わたしは一体何をするんでしょうかぁ? 癒し系担当とかかかれているんですけどぉ……」 おそるおそる手を挙げて質問する朝比奈さん。メモには、 ● 癒し系担当 みくるちゃん (みんなを癒す係) とだけかかれている。確かにこれだけでは一体何をするのかさっぱりわからないな。 「それにみなさんは戦闘服なのに、なんでなんでわたしだけはナース服なんですかぁ?」 朝比奈さんの発言で思い出した。言い忘れていたが、今朝比奈さん以外の面々はみんなウッドスタイルな迷彩服を着込んでいる。 おまけに実弾入りの小銃のマガジンやら必要な物をすべて身につけ、肩には銃器を抱えていた。 これはとある教室に押し込まれていたものだったが、ハルヒ曰く、せっかくあるんだから使わないと損、と言って 男女問わず生徒たちに身につけるように指示を出した。むろん、俺たちSOS団+1も例外ではない。 おかげで全身が重くてたまらん。だが、それにすら慣れという感覚を感じてしまっている。 で、そんな中、朝比奈さんだけがナース服という状態だから、端から見るとコスプレ軍団が密談をしているようにしか見えんだろ。 「みくるちゃんは、その格好で歩いているだけでいいわ。それだけでみんな癒されるはずよ。 それに戦闘中に歩き回られても邪魔なだけだし」 ハルヒ、それは違うぞ。朝比奈さんはそんなけったいな衣装を着込まなくても十分癒しを提供してくれるんだ。 見てくれを気にしすぎるおまえには一生わからんだろうがな。 「じゃ、これで役割分担は終わり。さっそく実行に移しましょう」 「おい! これだけで終わりかよ!」 思わずハルヒに抗議の声を上げる。たとえばだ、俺が小隊長にされているが、分隊はどうするのかとか、 各装備はどうするのかとか―― 「そんなことは分隊長であるあんたが決めなさいよ。古泉くんと鶴屋さんも。あ、学校内の態勢とかはあたしと有希で決めるわ」 細かいところはやっぱり適当だな、おい。まあいいか、ハルヒにどうこういじられるよりかは、 俺が直接やった方が自由がききそうだ。やったこともない知識が頭の中にすり込まれているせいか、 どうすればいいかは大体わかるしな。 「さて……」 ハルヒは忘れ物はないかとしばらく考えていたが、 「ちょっと顔を洗ってくる」 そういって早足で部室から出て行った。いつもよりも落ち着きのない足取りからガラにもなく緊張しているのか? と、鶴屋さんと朝比奈さんもハルヒに続くように、 「あっ、あたしも行くよっ!」 「わたしも行きます~」 そう言って部室から出て行った。ただし、鶴屋さんは俺にウインクをして。どうやら気を遣ってくれたらしい。 まあ、せっかくのご厚意だ。今のうちに聞いておけることは聞いておこうか。 「おい古泉。もう頭痛も治まったから、さっきの続きを言っても良いぞ。ただしハルヒたちが戻るまでだから手短に頼む」 古泉は待ってましたといつもの解説口調で説明を始める。 「この閉鎖空間に近いような空間――わかりやすく疑似閉鎖空間と呼びましょう。これはあきらかに涼宮さんが作り出した物では ありません。現に神人も現れず、また僕の能力も使えるようになっていない。となれば、別の何者かがこの空間を作り出し、 我々をそこに押し込んだと推測できます」 「それは俺でも予想ができたな。雪山の時と一緒だろ」 「ええ、その通りです。あと、疑似閉鎖空間を作った者の目的ですが、おそらく涼宮さんを追い込んだ状況に 陥らせて彼女の能力を使った何らかのアクションが起きることを期待しているのかと」 「何を期待しているんだ?」 古泉は首を振りながら、 「残念ながらそこまでは推測できません。情報が不足しすぎていますしね。しかし、涼宮さんに強烈な負荷をかけて 彼女の精神状態を乱すことが目的なのか確実です」 「それにしては、状況が甘すぎるんじゃないか? 不親切とはいえ状況説明をしたあげく、わざわざ武器まで渡している。 おまけに学校の生徒をハルヒの言うことを聞くようにして、俺たちにも軍人並みの知識と経験もすり込んでいるしな。 いっそ、生徒全員、あるいはSOS団メンバーだけで殺し合いをするようにすれば、さすがのハルヒでも おかしくなるだろうよ。そんなのはまっぴらごめんだがね」 「それでは、涼宮ハルヒがこの状況そのものを否定する可能性がある」 そこで割り込むように口を開いたのは長門だった。そういや、体育館以来声を聞いていなかったな。 「長門さんの言うとおりです。それでは涼宮さんは疑似閉鎖空間そのものを破壊してしまうでしょうね。 彼女の能力を持ってすれば簡単な話です。それをさけるためには、一定レベルで涼宮さんがこの疑似閉鎖空間の状況、 つまりこの仕組まれた展開を受け入れなければなりません。先ほどの茶番劇も涼宮さんに対して、 今この学校内にいる全生徒が自分を信頼してくれているという暗示をかけたようなものでしょう。 涼宮さんの性格からあそこまで持ち上げられると乗ってくるでしょうし、何よりも不満があるとはいえ、 彼女にとっては今まで味わえなかった奇怪なシチュエーションです。今のところ、この状況そのものを 否定するような要素は存在しません。完全に仕組んだ者の思惑通りに進んでいると思います。今のところ、はですが」 なるほどな。確かにあいつが興奮気味なのは見てりゃわかる。しかし、それが敵と言える奴らの思惑なら 腹立たしいことこの上ない。 と、俺は学校から逃げだそうとしていた谷口――とおまけで国木田――を思い出し、 「だが、妙なこともあるぞ。確かにここにいる大半の生徒たちはハルヒに従うように人格を調整されているみたいだが、 俺たちSOS団のメンバーや鶴屋さんはどうなる? 確かに軍事知識と経験は頭の中にねじ込まれているみたいだが、 ハルヒに盲目に従うようにはなっていないぞ。谷口に至ってはハルヒが総大将になったとたん、 学校から逃走しようとしたぐらいだ」 「その通り。SOS団や涼宮さんに関わりの強い人間は、人格調整的なものまでは受けていないようですね。 しかし、これからもわかることがあります。涼宮さんに従うようにされている生徒たちは、はっきりと言ってしまえば、 捨て駒のようなものであり、使いたいときに使える道具とされている。あ、とはいっても本当にロボットのように なっているかと言えばそうではありません。9組の何人かと話をしてみましたが、性格的なものは普段のままでした。 あくまでもベースは個人の人格を踏襲しつつ、涼宮さんと関わる際にその指示に必ず従うよう 何らかの暗示のようなものをかけているのかもしれません。 本題は涼宮さんに近い人間を通じて彼女に負荷をかけるということです。 しかし、僕たちがあまりにいつもと違う言動を行えばリアリティを損ない、 涼宮さんが姿形は同じな別人であると認識しかねません。それでは負荷も半減するというものです」 つまり、普段のままの俺たちがどうこうなることで、ハルヒに衝撃を与えようとしているって訳か。 俺を殺してハルヒの反応を見るとかいっていた朝倉の仕業じゃないかと疑いたくなるぜ。 「ん? となるとハルヒ自身には何も操作が行われていないってことか? にしちゃ、武器の扱いも 手慣れているように見えたが」 「涼宮さんは文武両道、しかも何でもそつなくこなせる非常に優れた方です。そのくらいできても不思議ではありません。 あるいは、涼宮さん自身がそう望んだからかもしれませんが。どちらにしろ、今までの推測から涼宮さんの能力には 制限がかけられていないと考えられます。僕や長門さんとは違ってね」 古泉は困りましたねと言わんばかりに肩をすくめる。そういや、長門は昨日から異常を察知していたようだが…… 「古泉はともかく長門もそうなのか?」 「現在のところ、情報統合思念体にはまったくアクセスできない。また、わたしの情報操作能力も完全に封鎖され、 今ではあなたと大して変わらない」 ここぞと言うときにはどうしても長門に頼ってしまうのが悪い癖だと思っているが、 今回は頼ることすらできないと言うことか。しかし、それでも普段と同じ無表情を貫いているのは、 ただ緊張や不安という感情を持ち合わせていないためか、それとも見せないようにしているか。 以前みたいに脱出のためのヒントも期待できないだろう。どうすりゃいいんだ。 「我々からこの状況を同行できる状態ではありません。今は仕組んだ者の思惑に乗るしかないでしょう。今はね」 古泉の言うとおり、どうにかする手段どころか手がかりすらない。腹立たしいが、今はこのバカみたいな展開を 乗り切ることを考えるか。 ふと、長門がじっと俺を見たまま動かないことに気がつく。表情もそぶりもいつものままだが、 俺は何かの感情を込めたオーラのようなものがこっちに向けられていることをひしひしと感じる。 「取り返しのつかない失態。すまないと思っている」 長門は慣れない単語を口に出そうとしているためか、口調がぎこちなかった。だが、 「今のわたしにはあなたを守ることができない」 彼女の意志だけはこれ以上ないと言うほどに伝わった。 ◇◇◇◇ 『あー。テストテスト』 時刻は午前5時半。場所は校庭、俺たちは朝礼台の上でトランジスターメガホンのマイクテストを行う 総大将涼宮ハルヒに向かって、現在朝礼のように全生徒が整列して並んでいる。あと30分ほどで何かが始まるということだ。 ちなみに、並び順はハルヒから向かって右側に戦闘部隊――つまり俺や古泉、鶴屋さんがいる。生徒たちはハルヒだけじゃなく、 どうやらSOS団に深い関わりを持つ人間の言うことには素直に従うように調整されているらしい。さくさくと 1-5組を中心に30人をかき集めて小隊の編成をくみ上げて、こうやって整列している。なんだかんだで谷口と国木田も 俺の小隊に入った。他の二人も同様に編成を終えている。細かい編成内容を説明するのは勘弁してくれ。 無理やり詰め込まれた知識を披露するようなもんで、大変腹立たしいからノーコメントとさせてもらうぞ。 向かって左側にはそれ以外の生徒だ。長門はこっちのグループに入っている。で、なぜか朝比奈さんだけはハルヒのいる 朝礼台の上と来たもんだ。衆目の目前に景気づけにとんでもないことをやらされそうになったら一目散に飛び出すつもりである。 『えー、皆さん!』 準備が整ったのか、ハルヒがトランジスターメガホン片手にしゃべり始めた。 『はっきり言ってなんかよくわかんない状況だけど、あたしについてくれば大丈夫! どっどーんとついてきなさぁい!』 あまりの言いように俺は肩を落としてしまった。もう少し言うことがあるだろうに。誰も見捨てないとか、 みんなで乗り越えようとか。ハルヒらしいといえばそれまでなんだが。 『んで、とりあえず作戦なんだけど、北高の北側に前線基地を作ります。そこの担当は鶴屋さんね! よろしく!」 突然の指名に一瞬きょとんとする鶴屋さんだったが、やがていつもの笑顔に戻り、 「へっ? あたし? りょーかいっ!」 おい、そんなことは初めて聞かされたぞ。前もって言っておけよな。そして、鶴屋さん。それを少しも動じずに 受け入れられるあなたは大物すぎます。 『他の人たちは適当に学校周辺を見張って。特に校庭側に注意すること! 今のところは以上!』 適当すぎる。今からでも遅くない。とっつかまえて再考させるべきではないだろうか。 「すがすがしいほどに簡潔でわかりやすいじゃないですか」 相変わらずのイエスマンぶりを発揮する古泉。もはやつっこみも反論する気にもならん。 『じゃあ、最後に癒し担当のみくるちゃんに、激励の言葉をお願いするわ!』 そう言ってトランジスターメガホンを手渡された朝比奈さんはただおろおろするばかり。 しばらく、ハルヒと言葉を交わしていたが、結局いつものように観念したのか、朝礼台の前に立った。 『ええーと、あのーですね……』 「みくるちゃん! そんな覇気のない声じゃ激励になんないでしょ!」 メガホンなしでもハルヒの声が聞こえてきた。朝比奈さんが不憫すぎる。今すぐにでも助けに行くべきか? しかし、俺が考えている間に朝比奈さんは決意したようで、 『みっみなさーん! がんばってくださーい! 一緒にかえりまひょー!』 その声に全生徒が一斉に腕を上げておー!と答える。ちなみに、男子生徒はやたらと張り切って手を挙げているのに対して、 女子生徒はいまいちやる気なく手を挙げているのは俺の偏見にすぎないのだろうか? ハルヒはとっとと役割を終えた朝比奈さんからトランジスターメガホンを奪い取り、 『よーし! じゃあ、張り切って作戦開始!』 黄色い叫び声が飛んだと当時に、並んでいた生徒たちの整列が解け、それぞれの持ち場に移動を開始した。 やれやれ、これからが本当の地獄だろうな。 と、俺の小隊の連中がぞろぞろと周囲に集まり始めていた。どうやら、俺の指示を待っているらしい。 そんなとき、学校から出て行こうとする鶴屋さんの姿が目に入る。俺は彼女の元に駆け寄り、 「すいません鶴屋さん、ハルヒの奴が勝手なことばかり言って。本来なら俺か古泉が行くべきなんでしょうけど」 「んー? いいよっ、別にさっ! 言い出しっぺはあたしだからちょうどいいよっ!」 変わらずハイテンションだな。ハルヒといい勝負かもしれん。 「じゃっ、あたしは行くよっ! みくるによろしくって言っておいてっ! じゃあ、またねーっ!」 まくし立てるように言ってから鶴屋さんは学校から小隊を引き連れて出て行った。無事を祈ります、鶴屋さん。 「キョンくーん!」 続いて一歩遅れて俺の元にやって来たのは朝比奈さんだ。ああ、そんな息を切らせて走ってこなくても。 呼んでくだされば、たとえ地球の裏からでも馳せ参じますから。 朝比奈さんは呼吸を整えるようにいったんふーっと息を吐き出すと、 「つ、鶴屋さんはもう言っちゃいましたか?」 「ええ、たった今。朝比奈さんによろしくって言っていましたよ」 何か伝えたいことでもあったのだろうか。残念そうな表情を見せる朝比奈さんだった。 「しかし、すごい人ですね。こんな状況だってのに全くいつものペースを乱していないんですから。 俺もあの度胸を少しだけ譲ってほしいかも」 「そんなことないです!」 俺の言葉を即刻否定されてしまった。見れば、普段とは違ったまじめな顔をした朝比奈さんがいる。 「そんなことはありません。鶴屋さんはこの事態を深刻に受け止めているんです。だって……」 朝比奈さんは強調するようにワンテンポをいてから、 「だって、鶴屋さん、ここに来てから一度も笑っていないんです。いつもは少しでも楽しいことがあればすぐに……」 言われてからはっと気がついたね。確かに口調とハイテンションぶりは変わっていなかったが、 一度も笑っていない。いつもあんなに心底楽しそうに笑う人なのに。 「すみません。俺がうかつでした。そうですよね、あの人なりにやっぱり考えることも当然あるでしょうし」 「いいいいえ、別にキョンくんを責めた訳じゃないんですよっ。ただ、鶴屋さんも真剣になっていると わかってほしかっただけなんです」 「それはもう、心の底から理解していますよ」 とまあ、なんだかんだで良い感じになっていた俺たちな訳だが、それをぶちこわす奴が登場だ。 「あ、朝比奈さん! どうも! 谷口でっす!」 おーおー、鼻の下をのばしきった下心丸出しのアホが登場だ。せっかく良い感じだったってのに。 「谷口さんですね。覚えています。映画撮影と文化祭の時はどうも」 丁寧にお辞儀をする朝比奈さんだが、そんな奴にかしこまる必要はありませんよ。顔にスケベと書かれているし。 そこで谷口は突然襟を正し始め、少し不安げな表情になる。そして、ねらい澄ましたような口調で、 「朝比奈さん。実は俺、怖くてたまらないんです。こんな世界に押し込まれてこの先どうなるかもわからない。 だから、せめてあなたの胸で抱擁させていただければ、この不安も少しは解消されて――ぶっ!」 「小隊長命令だ。とっとと朝比奈さんから離れろ」 堂々とセクハラしますよ宣言をしやがった谷口の襟をつかんで、俺のエンジェルから引きはがす。 一瞬息が詰まったのか、谷口は咳き込みながら、 「キョン! なにしやがる!?」 「うるせえ。小隊長命令が聞けないなら、キルゴア中佐命令まで格上げしてサーフィンさせるぞ。当然銃弾が飛び交う中でだ」 「職権乱用だ! 大体、サーフィンってどこでやるんだよ!」 なんてしつこく抗議の声を上げているが完全無視だ。幸い国木田が仲裁に入って、アホをなだめているので、 「ささ、朝比奈さん、ここには野獣がいますから戻った方が良いです」 「あ、はい……」 そう言って彼女は内股走りで去っていった。やれやれ、下劣な侵略を阻止したってことで俺の任務は終了にしてくれんかね。 谷口はまだ何か言って見るみたいだが、完全に無視。で、次にやることはっと…… 「……何をすれば良いんだ?」 俺はハルヒが引っ張り回している120mm迫撃砲を見ながら考え込んでしまった。 ◇◇◇◇ とりあえず、俺は東側からの襲撃に備えて校庭を警備していた。むろん、自分の小隊を引き連れて。 現在午前7時半――日数の期限があるからこういった方が良いか。1日目午前7時半である。 今のところ、全く異常はない。無事にサンハイツに陣を張った鶴屋さんの方にもそれらしいものはないらしい。 と、通信機を持たせているクラスメイトの阪中が、 「涼宮さんから連絡なのね」 そう言って無線機を差し出してきた。すぐ近くにいるのに、わざわざ無線で連絡しなくても。 俺はそれを受け取って――とハルヒと話すのは一時停止だ。 「阪中、すまないがこないだの球技大会の話なんだが……」 「……球技大会?」 何のことかわからないと首をかしげる阪中。覚えていないのか。いや、それともこの阪中は そんな記憶すら存在していないのか。ま、どっちでもいいか。 「いや、何でもない」 そう言って無線機を取る。 『あーあーあー、キョン聞こえる?』 「なんだハルヒ。こっちは特に異常はないぞ」 『オーケーオーケー。平穏無事が一番だわ。前線基地構築に敵もびびったのかしらね! このまま、何もしてこなければ良いんだけど』 相変わらずのポジティブ思考だ。そうなってくれることに越したことはないが。 だが、これを仕掛けた奴もそんなに甘くはない。突然、どこからともなくパーンパーンと 乾いた発砲音が耳に飛び込んできた。やがて、すさまじい連続発射音が鳴り響き始める。 「おい、キョン! なんだなんだ!」 至極冷静な小隊の中で、さっそくあわて始めたのは谷口だ。これが普通の反応なんだろうけどな。 「ハルヒ! 何が起こっている!?」 『鶴屋さんの方に攻撃があったのよ! 今わかっているのはそれだけ! 詳しくわかったらまた連絡するから、 そっちも警戒を怠らないで! オーバー!』 そこで無線終了。ちっ、早速戦闘かよ。鶴屋さんは無事なんだろうか? 俺は校庭の東側に対して警戒を強めるように支持をする。ほとんどの生徒は素直に従うが、 谷口だけはびびっておろおろするばかり。M60なんてデカ物を構えているのは、恐怖心の裏返しなのかもな。 激しい銃声音が響いたのは5分程度だろうか。やがて、それも収まり、辺り一帯に静寂が訪れる。 結局、学校東側からの攻撃もなかったな。 また、阪中が俺に無線機を差し出してきた。ハルヒからの連絡らしい。 『鶴屋さんの方は終わったみたいよ。けが人もなくあっさり撃退したんだって! さっすが、鶴屋さんよね。 SOS団名誉顧問なだけあるわ!』 SOS団は関係ないだろうが、あの人ならこのくらいは平然とやってのけそうだ。 『で、そのまま北山公園の方に逃げていったんだってさ。大体、20人ぐらいが襲ってきたらしいけど』 「20人? なら攻撃してきたのは人間なのか?」 『うーん、それがいまいちはっきりしないのよね。鶴屋さん曰く、人の形を何かが銃やらロケット砲やら抱えてきて 襲ってきたんだってさ。形は人間らしいけど、全身真っ黒でまるでシェルエットみたいな連中らしいわよ。 何人か倒したらしいけど、銃弾が命中すると昔のゲームみたいに飛び散ってなくなっちゃんだって』 なるほどね。ゲームだと思っていたが、本当にゲームの敵みたいな奴が襲ってくるのか。 じゃあ、俺が撃たれても大して痛くないのかもしれないな。それは助かる。 「これからどうするんだ?」 『ん、とりあえず、現状維持で。このまま、3日間学校を守りきるわよ!』 そこで通信終了。すぐさま、阪中に鶴屋さんに連絡を取るように指示する。 『やっほーっ! キョンくん、なんか用かいっ?』 いつもと同じ調子なお陰でほっとするよ。 「鶴屋さん、なんか大変だったみたいだけど大丈夫ですか?」 『へーきへーき! もうみんなそろってぴんぴんしているよっ!』 「そうですか……それはよかった――」 と、そこで鶴屋さんの声のトーンが少し変わるのに気がついた。いや、しゃべってはいないんだが、 息づかいというかなんというか…… 『んーと、おろろっ? なんだあれ――』 いやな予感が走る。なんだ…… 『――伏せてっ!』 無線機から飛び出したのは、今まで聞いたことのないような鶴屋さんの声だった。 恐ろしく緊迫し、驚いているのが表情を見なくても簡単にわかる。 次の瞬間、北高校舎の西側3階で大爆発が起こった。衝撃と音で全身がふるえ、鼓膜が破れるぐらいに 圧迫される。 「みんな伏せろ! とっとと伏せるんだ!」 俺は小隊の仲間をすべて地面に伏せさせた。とはいっても、見通しがよく物陰のない校庭では どのくらい効果があるのかわからないが、呆然と立っているよりも安全なはずだ。 そんな中、阪中は愚直に俺のそばにつき、無線で連絡が取れるような状態にしていた。 本来の彼女ではないのだろうが、こう忠実なのは今ではかえってありがたい。 「鶴屋さん! 何が起きているんですか!?』 『北高に向けて何かが飛んでいっているっさ! まだまだそっちに行くよ! ハルにゃんと連絡を取りたいから、 いったん通信終了っ!』 無線が終了して、阪中に無線機を返す。冗談じゃねえ、敵はミサイルかロケット弾か何かを 北高に向けて撃ってきているってのか!? 反則だろ! 反撃のしようがねえじゃねえか! さらに続けざまに2発が校舎側に直撃し、さらに一発が俺たちの目前に広がる校庭の東側に落ちた。 轟音で地面全体が振動している。 そんな中、器用に匍匐前進で谷口が近づいてきて、 「おいキョン! このまま、ここにいたらやべえぞ!」 「言われんでもわかっているさ!」 やばいのは重々承知だ。しかし、校舎側にも激しい攻撃――また3発が校舎に直撃した――が加えられている。 あっちに逃げても状況が変わらない上、人口密度が増えてかえって危険だ。なら、いっそのこと、 北高敷地外に出るか? いや、あわてふためいて逃げ出したところを敵に襲撃されたらひとたまりもない。 案外、学校周辺に敵が潜んでいて、俺たちが北高から飛び出すのを待っているかもな。校庭に塹壕でも 掘っておくんだったぜ。 どうするべきかつらつら考えていていたが、ふと気がつく。さっきの校舎に直撃した3発以降、 北高に何も攻撃が加えられていない。収まったのか? 俺は全員に伏せるように指示し――ついでに東側から敵が襲ってきたら遠慮なく撃てとも―― 俺自身は校舎に小走りに向かった。 ◇◇◇◇ 学校は凄惨な状況だった。学校の外壁には穴が開き、衝撃で校舎の窓ガラスがかなり割れてしまっている。 負傷者も出たようで、担がれて運ばれていく生徒もちらほらと見かけた。 と、状況確認のためか走り回っていたハルヒが俺に気がつき、 「キョン! よかった無事だったんだ!」 「ああ、おかげさまでな。俺の部隊も全員無事だ。負傷者もない。しかし、こっちは手ひどくやられたな」 「うん……。幸い、重傷者はでていないけど、窓ガラスの破片で数人が怪我をしたわ。今、みくるちゃんが手当してる」 朝比奈さんが看病? 当然膝枕の上だろうな? なんだか無性に負傷してきたくなったぞ。 「なに鼻の下のばしているのよ、このスケベ」 じと目で下心を見破るハルヒ。こういうことだけはほんとに鋭い奴だ。 「で、これからどうするんだ? このままだと、またさっきの奴が飛んでくるぞ」 「わかっているわよそんなこと」 ハルヒはあごの手を当て考え始めた。と、すぐそばを負傷した生徒が抱えられていった。 顔面に傷を負ったのか、激しい出血が迷彩服に垂れかかり、別の色に染め上げつつあった。 「状況は一変したわ。作戦の練り直しが必要だと思う」 ハルヒが取った行動は、SOS団メンバーを集めてミーティングを開くことだった。 さすがのこいつでも一人では決めかねるらしい。独断で何でも決められるのよりは何十倍もマシだが。 のんきに部室に戻るわけにも行かず、昇降口前での緊急会議だ。 ただし、鶴屋さんだけは前線基地から動けないので、無線越しである。 さらに朝比奈さんは負傷者の救護で手一杯らしく不参加。手当を求める『男子生徒』の長蛇の列を捌いているとのこと。 絶対に負傷していない奴も混じっているだろ、それは。 「最初に前線基地が攻撃されたかと思えば、今度は遠距離からの攻撃ですか。敵もいろいろと考えているようですね」 感心するように古泉はうなずいているが、そんな場合じゃないだろ。 さっきは十発程度で終わってくれたが、次はこれ以上かもしれない。校舎の被害は大きいが、 本当に幸いだったのは、砲弾やらなんやらが置かれているところに直撃しなかったことだ。 万一、誘爆なんていう事態になれば、どれだけの犠牲者が出たかわからん。 さすがのハルヒもまいってしまっているのか、いつものような覇気が50%カット状態だ。 真剣に考えてくれるのはありがたいけどな。 「このままじゃまずいわね。何とか反攻作戦を練らないとね。 有希、さっきのミサイルみたいな奴がどこから撃たれたか、わかった?」 「この建物の北東に位置している北山公園の南部。屋上で周辺を監視していた人間から確認した。 ただし、具体的な場所までは不明。範囲が広いため、砲撃による反撃を行っても効果は薄い。 かりに砲撃で向こうと撃ち合っても勝てる可能性はきわめて低い」 的確な答えを出す長門だ。宇宙人パワーを失っても、長門本人の能力は失われていないらしい。頼りになるぜ。 「なるほどね。鶴屋さん、さっきそっちを襲った連中も北山公園に逃げ込んだのよね?」 『そうにょろよっ! でも、公園の北側に逃げていったように見えたっさ!』 ん? 鶴屋さんの言うことが本当なら、前線基地を襲った連中が学校へロケット弾やらミサイルでの 攻撃をした訳じゃないってことか? 「でも、簡単よ! 敵は北山公園にあり! だったら、こっちから出向いて北山公園全部を制圧すればいいだけのことよ! そうすれば、さっきの奴もなくなるしね!」 ここに来て突撃バカぶりを発揮するハルヒと来たか。しかし、間違ってはいないな。 どのみち発射地点を制圧するなり、さっきの攻撃手段をつぶすなりしないかぎり、一方的に攻撃を受け続けるだけになる。 「罠の可能性もありますね」 唐突にそう指摘したのは古泉だ。 「鶴屋さん部隊への攻撃は非常に小規模のものでした。そして、あっさりと撤退しています。 その次に北高へのロケット弾攻撃ですが、これも十発程度で終わっています。 本気で攻撃するのならば、もっと大量に撃ち込んでくるでしょう。あきらかに北山公園に我々を呼び込もうとしています」 「最初の襲撃に関してはそうかもしれないが、ロケット弾攻撃に関しては弾が尽きただけかもしれないぞ」 俺がそう反論する。ハルヒもうーんと同意のそぶりを見せた。ただ、古泉は、 「確かにその可能性はゼロではありません。しかし、これだけ有効な攻撃手段であるものを 序盤で使い切ってしまうのは、明らかに不自然と言えます。切り札を使い切ってしまったのですから。 無論、あれ以上の効果的な攻撃手段を保有していて、今回のロケット弾攻撃は挨拶程度のものという可能性もありますが」 どっちなんだ。はっきりと答えろよな。 「僕が言いたいのは、誘い込むための罠という可能性があるということです。北山公園に攻め込むことを決定する前に、 考慮していても損をすることはありません」 確かに古泉の指摘する可能性は十分にある。しかし、ここにいてもどうにもならんのも確かだ。 そうなると、ハルヒが導き出す結論は一つしかない。 「確かに古泉くんのいうことには一理あるわ。でも、このままだと攻撃を受け続けるだけだし、 そんなのおもしろくないじゃない。相手がびびっているのか知らないけど、遠く離れたところからこそこそ攻撃してくるなら、 こっちからぶっつぶしに行くだけよ!」 ほらな。ハルヒの性格を考えれば、じっとしているわけがない。古泉もひょうひょうといつものスマイルで、 「涼宮さんがそう決定なさるのなら、僕もそれに従いますよ。上官の命令は絶対ですから」 そうイエスマンへと転じた。ただ、こいつの指摘も無駄ではなかったらしい。 「でも、少しでも罠っぽい状況だとわかったら、即座に撤退するわ。その後は別の方法を考えましょ」 ◇◇◇◇ 次の議題は北山公園攻略作戦だ。この公園は南北に2キロ程度広がる森林のようなものになっていて、 南北の中間地点のやや南側には緑化植物園があり、公園入口っぽくなっている。 「やはり、突入ポイントはこの植物園でしょう。部隊の輸送には北高敷地内にあるトラックを使うことになるので、 車両で入れる場所が理想的です。当然、敵も同じことを考えているでしょうから、植物園奪取には激戦が予想されますね」 淡々と古泉のプランを聞いているSOS団-朝比奈さん+鶴屋さん。わざわざ敵が陣取っているような場所に 正面からつっこむのか。ハルヒが好みそうな作戦だな。 「悪くないわね。植物園を取ってしまえばこっちのもんだわ! あとはロケット弾の発射拠点を制圧して完了ってわけね! さっすが古泉くん! 副団長なだけあるわ!」 ハルヒの賞賛を一心に浴びて、古泉は光栄ですと答える。やれやれ、本当に突撃になりそうだ。 「で、誰の小隊が北山公園での掃討作戦に従事するんだ?」 「あんたと鶴屋さんよ」 とんでもないことをいけしゃあしゃあと言いやがる。古泉の野郎はどうするんだよ? 「古泉くんはいざって時のために前線基地で後方待機してもらうわ。あんたたちがやばくなったら、 すぐに駆けつけられるようにね。あと、伏兵とかが学校に奇襲を仕掛けてきた場合はすぐに戻ってもらうから」 どうしてそうなったのか聞かせてもらおうか。 「わかんないの? まず、あんたには鶴屋さんたちを襲った連中を追撃するために北山公園北部に向かってもらうわよ。 初めて遭遇した鶴屋さんがあっさりと追い払ったんだから、あんたでも大丈夫でしょ。鶴屋さんは一度だけとはいえ、 敵と戦っているわ。敵について知っているのと知らないんじゃ大違いよ。だから、南部のロケット弾発射地点に 向かってもらうわ。おそらくそこの守りが一番堅いと思うし。学校からトラックで向かうから、 途中で古泉くんと入れ替わってもらうわね。いい、鶴屋さん?」 『りょーかいりょーかいっ! 任せちゃってほしいなっ!』 「古泉くんはあんたよりも運動神経も思考能力も遙かに上よ。状況に応じて臨機応変に対応する必要のある場所にいるのが 最適だわ。あと、有希は学校に残って砲撃での支援をお願い。こっちから指示した地点に遠慮なく撃ち込んで。 古泉くん、有希、いいわね?」 「もちろん異存はありません」 「問題ない」 あっさりと同意する二人だが、ん、ちょっとまて。 「それなら植物園には誰が陣取るんだよ。まさか、空っぽにするつもりじゃないだろうな?」 「そこにはあたし自らが行くわ。あとで、適当な人員を集めるから」 ハルヒ総大将自らがお出ましか。だが、指揮官がそんな銃弾が飛び交う場所にいて良いわけがない。 「あのなハルヒ。以前にも言ったが、総大将がずけずけと前線に出るモンじゃないぞ。 おまえがやられちまったら、生徒たちを誰が――」 「異論は許さないわよ」 俺の声を遮ったハルヒの言葉は、今まで聞いたことのないような鋭さだった。ただ、怒りやいらだちからくるものではない。 強烈な決意がにじみ出るようなものだ。わかったよ。おまえがそういいなら好きにしろ。 しかし、俺の中にあるこのもやもや感は何だ? ◇◇◇◇ さて、作戦も決まったことなのでいよいよ決行だ。ハルヒ小隊の編成が終わり次第、出撃と言うことになる。 俺たちは校門に並べられた輸送トラックの前でそれを待っている。 「正直に言ってしまえば、少々不安ですね」 突然、こんなことを言い出したのは古泉だ。おいおい、出撃直前に不安になるようなことを言い出すなよ。 「涼宮さんがあなたが敵と確実に一戦交えるような場所に送り込むとは思っていませんでした。 てっきり学校に残して後方支援をさせたり、最悪でも僕のポジションが与えられるものだと。 涼宮さんと一緒に植物園にいるならまだ納得ができますが、あなた一人をそんな場所に行かせるとはね」 「はっきりと言え。時間もないことだしな」 「涼宮さんが現状をきちんと認識しているかどうか、ひょっとしたらあのコンピュータ研とのゲーム勝負程度として 考えているのではないか、そう思っているんですよ。あなたを危険な場所に向かうように指示したと言うことは、 あなたが死んでしまうかもしれないということを考えていない証拠です。信頼といってしまえば、それまででしょうけど、 今はそんな状況ではありません。鶴屋さんが敵を撃ったときに、まるでゲームキャラクターが消えるかのようになったと 言っていましたね。あれで僕たちもそうなのかもしれないと思いましたが、先ほどのロケット弾攻撃で 負傷した生徒を見るとどうも違うようです。確実に僕たちに『死』が訪れるかもしれません」 「確かにな。そんなに甘くないことは、俺も理解しているつもりだ」 ハルヒが今の状況をどう考えているのか。それはハルヒ自身にしかわからないことだろう。 だが、一つだけ言えることはある。 「俺がいえるのは、どんな状況であろうともハルヒは、誰かが死ぬことなんて望んでいない。 SOS団のメンバーならなおさらさ。万一、誰かが傷けられたら、ハルヒはやった奴をたこ殴りにするだろうよ」 「それはわかります。しかし――」 俺は古泉の反論を遮って、 「さっきのおまえの言い方だと、まるでハルヒは鶴屋さんならどうなっても良いってことになっちまう。 だが、断言できるがハルヒはそんなことなんて思ってもいないだろうよ。古泉も別にかばいたくて、 一歩下がった場所に配置したんじゃない。ただそれが適切だと考えたのさ」 ――俺はいったん話を区切って、話すことを整理する―― 「ハルヒはハルヒなりに考えたんだろ。どうすれば、このくそったれな状況を乗り切られるかを。 で、結論は戦い抜いて乗り切る。そのためには、一番信頼のできるSOS団の人間をフル活用する。 どうでもいいとか、たいしたことじゃないとなんて理由で俺たちを前線に持って行こうとしているんじゃない。 それが乗り切るためにはもっとも適切だと判断したんだろうな」 ガラにもなく古泉調の演説をしちまったが、古泉は痛く感銘したのかぱちぱちと手を叩きながら、 「すばらしいです。そこまで涼宮さんの思考をトレースできるなんて。どうです? これからは 機関への報告書作成をしてみませんか? 僕よりも適切なものが書けると思いますよ」 「全身全霊を持って断る」 そんな疲れるものなんてこっちから願い下げだ。 「おっまたせ~!」 と、ここで30人ばかしを引き連れたハルヒ総大将が登場――と思ったら、いつもつけている腕章が『中佐』になっている。 いきなり降格かよ。 「バカね! 前線に出るんだからそれなりに適切な階級があるってモンでしょ。大将とかってなんだかデスクの上に ふんぞり返って命令しているようなイメージがあるし。中佐なら、映画とかなんかでも前線でドンパチやっているじゃん」 ……まあ、それは別にかまわんけどな。 ハルヒが編成した連中はみんなクラスもバラバラ性別もバラバラだった。 大方、その辺りを歩いていた奴を捕まえてきたんだろう。にしては、結構時間を食っていたみたいだが。 「あー、ラジカセと音楽を探していたのよ。景気づけにワルキューレの騎行でも流しながらつっこめば、 敵も混乱するんじゃないかって。でも、ラジカセはあったんだけど、肝心の音楽の方がね」 ヘリで突入する訳じゃないんだから、別に必要ないだろ。心理作戦が通じるような相手でもなさそうだし。 ふと、気がつくと朝比奈さんと長門も校門前にやってきていた。おお、朝比奈さんに見送っていただけるとは光栄ですよ。 「古泉くん……どうか気をつけてね」 朝比奈さんのありがたいお言葉に古泉はいつものスマイルだけ返していた。まったく価値のわからない奴である。 「キョンくんも気をつけてね。無事に帰ってきてくださいね」 「ええ、がんばってきます」 と、そこに長門が割り込むように、俺をじっと見つめ始める。表情は相変わらずだったが、漂うオーラみたいなものは はっきりと感じ取れた。 「心配すんな、長門。なるようになるさ。支援よろしくな」 長門は俺の言葉にこくりとうなずく。やっぱり、親玉とのつながりをたたれて不安になっているのだろうか。 ややいつもと違う雰囲気を醸し出している。 「こらキョン!」 せっかくこれから戦地に向かう兵士が見送りをさせられる気分を味わっていたのに、それをぶっ壊したのはハルヒだ。 「なにやってんのよ! まさか、有希やみくるちゃんに『帰ってきたら~』とか言ったんじゃないでしょうね! それはばりばり死亡フラグなのよ! いい? あんたはあたしの下でビシバシ働いてもらうんだからね! 勝手に死んだりしたら絶対に許さないんだから!」 言っていることがよくわからん。もっとわかりやすく説明してくれ。 「要約すると、とっととトラックに乗りなさい! 出撃するわよ!」 やれやれ、なんてわがままな中佐殿だ。 まあ、出征前モードはここで終了だ。俺は大型トラックに自分の小隊を乗せるように指示し、 俺もそれに飛び乗る。いよいよか。しかし、ちっとも緊張しない上に、慣れた感覚に頭が満たされるのは、 相当俺の頭の中をいじくられていることの証拠だろう。当然、戦地に向かうってのに、 まるで何も反応を示さない俺の小隊もだ。おびえた表情を浮かべる谷口をのぞいてだけどな。 「よーし、出撃! 一気に北山公園に突入するわよ!」 ハルヒの威勢の良い声とともに、北山公園に向けトラックが発進した―― ◇◇◇◇ この時、俺はハルヒは状況を理解していて、これからどんなことが起きるのかもわかっていると思っていた。 だが、それは間違い――いや、正確にはハルヒは理解していたのかもしれない。間違っていたのは、 俺自身の認識だったんだ。ハルヒがどう思っているか勘ぐる資格なんてないほどにな。 ~~その2へ~~